05 ペチュニア
一時間半にわたる結婚式が終わった。
いずれ自分を裏切る相手と二度目の結婚を挙げるというのは、とても奇妙な感覚だった。他人からすれば正気の沙汰ではないだろう。私だって出来ることならば遠慮したい。
しかし、このイベントは回避出来なかった。
はっきりと破談を申し出たが、金銭的な問題は我がクレモルン家にとっての最大の弱点であり、アマンダもまた亡き母キャサリンに託された彼女の姪なので、私も父も無碍には出来ない。
「綺麗だよ、ジャンヌ………」
うっとりとしたようにそう言うイーサンに、私は控えめな笑顔を返した。ならば、他の女に心移りなどせずに大切にしてほしい。そう言えたら、どんなに良いだろう。
イーサンはいつから浮気をしていたのか。
義母は気付いていたようだったので、私が相当鈍かったか、イーサンが上手く隠していたということ。心当たりは正直まったくない。彼自身、誰にでも愛想は良い人柄で、男女問わず友人は多かったと記憶している。今日だって、初めて会ったイーサンの友達を名乗る人たちから私は何度も祝福の言葉を受けた。あの中に、彼の未来の浮気相手が居る可能性だってある。
「ジャンヌ!」
飛んで来た大きな声に私の心臓は縮んだ。
あぁ、いよいよ彼女と対面するときが来たのだ。
「お義母様………」
「いったい式の前は何処に居たの?貴女ったら探しても探しても見つからなかったわ。私たちがどれだけ心配したことか。昨日の今日ですもの、また心変わりしたんじゃないかって……」
「母さん、ジャンヌに失礼だよ。今日こうして来てくれたんだから、良いじゃないか」
憤る母親を落ち着かせようと割って入るイーサンの背中を見つめながら、今後の流れを考える。
式を終えて食事会に入った参加者たちの面々の中に、父の姿を探してみる。案の定、父ダフマンは上司であるイーサンの父親と赤い顔で話し込んでいた。
「アンタがそう言うなら良いけど…… ヘルゼンにはヘルゼンのマナーがあるから。そういうのは家長の妻である私が直接教えることなのよ」
「ジャンヌは真面目な女性なんだよ。きっと母さんも気に入る。昨日はちょっと……女性特有の気分の沈みがあったんだ。そうだろう?」
「え?あ………ええ、そうみたいです」
ご迷惑をお掛けしてすみません、と頭を下げると、ヘルゼン伯爵夫人はフンッと鼻を鳴らした。
「分かってるなら良いのよ。貴女は今日からうちの娘なんだから、しっかり前を向いて生きなさい」
「はい、お義母様」
やっと機嫌が治ったのか、義母はそれっきり私に話し掛けては来なかった。参加者たちの間を縫うように歩きながら、時折嬉しそうに顔を寄せて話している。
この食事会が終わったら、いよいよヘルゼンの屋敷へ移動する。私は自室を与えられて、夜になるとイーサンと結婚後初めての夜を共にする。考えただけで吐き気がした。
(回避したいけど無理よね………)
夫婦になる以上、諸々の面倒ごとは避けて通れない。だからといって、また五年もの年月を彼と過ごすのは精神的に耐え難い。今だって、イーサンと触れ合っている右半身がなんだかピリピリするというのに。
「ごめんなさい、少し外に出て様子を見てくるわ。お父様やアマンダにも会いたいから」
「分かった。だけど僕との時間も大切にね」
「………ええ、もちろん」
笑顔を浮かべてすぐに踵を返して立ち去った。
一刻も早くこのドレスを脱ぎ捨てたい。薬指にはめた指輪が締め付けるように苦しい。騙されていたのは私なのに、どうしてこんな気持ちになるのか。
「しっかりして、これからなのよ……」
自分に言い聞かせるように呟いて、顔を上げると、大きな花束を抱えてよたよたと歩く男が目に入った。慌てて近寄って声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、大丈夫………!」
答えた瞬間に男は派手にひっくり返って尻餅をついた。私はドレスを引っ張り上げてその傍にしゃがみ込む。
額に粒汗を浮かべた丸顔の男は、困った様子で手足をばたつかせているが、どうやら抱えたままの巨大な花束が立ち上がる邪魔をしているようだった。
「私が代わりに持ちますから、立ってください」
「あぁっ、すみません!」
「急がなくて良いですよ」
男はやっとのことで上体を起こして、両手で身体を支えて立ち上がった。人の良さそうな顔に芝生が付いていたので、私は持っていたハンカチでそれを拭う。
「いやぁ、本当に申し訳ない。今日式に参列出来ない上長からの命令で花束を持参したのですが、いかんせん大きくて……」
「転んでしまっては危険です。このまま一緒に運びましょう」
「助かります、いやはや……」
ほっとしたように息を吐いたのも束の間、男は私の服装を二度見して青褪めた。
「花嫁殿でいらっしゃいますかっ!?」
「え?あぁ、まぁ……」
「そんな、本日の主役に雑用を手伝わせることなど出来ません!私が一人で運ぶので大丈夫です!!」
「だけど足元が……!」
言い終わらないうちに男は再度足をもつれさせてすっ転んだ。このままでは花も可哀想だ。ひっくり返ったままで途方に暮れる小柄な男を覗き込む。
「私たちへの花束ですよね?自分のものを自分で運ぶのは、当然のことです」
「………すみません」
申し訳なさそうに項垂れる男と協力して私は花束を会場まで運び入れる。慌ただしく動き回っていた係員に声を掛けて、適当な場所へ飾るようにお願いした。
男は額から垂れる大粒の汗をポケットから出したハンカチで拭いつつ、自分は騎士団に所属するクリストフ・ピボットだと名乗った。




