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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第一章 ジャンヌ・クレモルンの結婚
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28 はじまり4



「だからね、今はお付き合いする気はないってハッキリ伝えて差し上げたの。そうしたら彼はなんて言ったと思う?同じ授業を取るのは辛いから、履修はやめるなんて言い出すの」

「まぁ……それはあんまりね」

「でしょう?あぁ、やっぱり学校生活って大変だわ。久しぶりの学生気分で楽しい気分だったけれど、男性ってどうしてこうも面倒なのかしら」


 呆れたように首を振るアマンダの隣で私はその背中を撫でる。従姉妹は医療学校で勉学に励んでいるらしいが、どうやら人間関係で困っているらしかった。


 昔からアマンダ・ベスは華やかな人間だったから、理解はできる。真面目に勉強したいのに周りが放っておかないのだろう。


「それはきっと、アマンダが素敵だからよ」

「そんなことないわ。だってジャンヌだって十分素敵じゃない。だけど貴女はこんなことで困ったりしなかったでしょう?」

「………そうね」


 困った困ったと言いながらクッションに顔を沈める従姉妹の顔を眺める。母親同士が姉妹なので、顔の造形自体はそこまで遠くない。違うとすれば、ハンベルク子爵家の女たちが引き継いだ黒髪が、彼女には遺伝しなかったことぐらい。だけどこれは、結果としてプラスだろう。


「元気を出して。貴女は明るくて話し掛けやすいからよ。私なんてほら、魔女みたいな暗い髪色で」

「ブロンドが馬鹿だって言いたいの?」

「え?」

「お父様からもらったこの髪が馬鹿の象徴だって言いたいんでしょう!お祖母様は父を毛嫌いしていたから、ジャンヌも何か言われたのね?」

「アマンダ、違うわ!」


 凄まじい勢いで肩を掴まれたので、私はその胸を押し返して主張した。どんな勘違いをしているのか分からないが、ハンベルクの祖父母に対してアマンダは何か大きな誤解をしている気がする。


 ハッとしたように離れた細い腕を見て、息を切らす従姉妹の顔を見遣る。いつも穏やかなアマンダがこんな風に取り乱すのは不思議なこと。


「お祖母様は何も言っていない。私たちのことをただ心配していただけよ、悪く思わないで……」

「そうね……少し、苦手で、」

「今度一緒に会いに行きましょう。きっと二人とも喜ぶはずよ。お父様も日を改めてお墓に行くと言っていたから、そのときにでも」

「ええ。考えておくわ……」


 白い顔でそう返答するから、私はこれ以上この話題を続けるのは良くないと判断して、最近のロゼリアでの流行について話し始めた。


 若いメイドたちの話では、モノトーンを基調とした服装で化粧で色を足すのが流行っているとか。柄物も色物も大好きなペチュニアはその流行を嘆いていたけれど、私は自分でも取り入れられそうなので、気になっている。



「ねぇ、アマンダ。今度お買い物に行かない?」


 学校生活で塞ぎ込んでいる彼女にとっても良い気分転換になる。そんな気持ちで提案した。


「お買い物?」

「うん。色付きのリップがほしいの。持ってる服がわりと地味だから、少し変化がほしくて」

「それなら私のものをあげるわ。ちょうど使わないのがあるのよ。貴女に似合うと思う」


 そう言ってアマンダが差し出したのは、真紅の紅だった。


「本当に似合うかしら……?少し上級者向けというか、他の箇所もしっかりお化粧した方が良いのかも……」

「いいえ、今のままで十分よ。もともとジャンヌは色白だから、無駄なものは付けなくて良いの。恵まれてるって思わないと」

「アマンダ、」

「少し付けてみるわね」


 有無を言わさぬ口調で言われれば、黙るしかない。私は鏡の中の自分の唇に真っ赤な色が塗られていくのを見守った。


 血の気のない顔の上に、不釣り合いな赤。

 なんというかまるで、



「ピエロみたい」

「え?」

「ふふっ、そう思ってそうだったから。はじめは見慣れないけれど、きっとすぐに慣れるわ。イーサン様もこういう情熱的な色が好みなんじゃない?」

「うーん……どうかしら」

「自信を持ってね。変化がほしいんでしょう?」


 鏡の中の自分はどう見ても化粧を覚えたての子供のようだったが、アマンダが言うように慣れていないだけなのだろうか。


 とりあえず善意で差し出されたものを拒否するのは忍びないので、私はその真紅の紅をポケットに仕舞って礼を伝えた。


 アマンダは眠くなったと言ってベッドの方へと移動する。私は彼女の飲み物をサイドテーブルに運びながら、そこに見覚えのあるものを見つけた。



「ねぇ、これって………」

「あぁ。綺麗でしょう?お母様の形見なんだけど片方無くしちゃって、今探してるところなの」


 なんてことないように述べて、枕の上に突っ伏する。私はテーブルの上で輝く小さな宝石から目が離せなかった。キラキラと眩い煌めきを放つルビーが連なった、美しいイヤリング。


 胃が痛い。眩暈がするし、吐き気も。

 そんなはずはないと否定する声と、目を覚ませと憤怒する声が頭の中で響いている。思わず眉間を押さえる私の方を見て、アマンダが首を傾げた。


「また体調が悪いの?お薬はある?」

「ええ。たぶん部屋に……」

「頭痛だったらこれが効くわよ」

「………ありがとう」


 なんとかそれだけ返して、壁を這うようにして自分の部屋まで戻った。生ぬるい水で薬を流し込む。窓の方を見れば、夜になってすっかり暗くなった空が目に入った。ゆっくりと歩み寄って冷たいガラスに顔を近付ける。


 窓には、赤い紅を塗ってこちらを見つめ返す道化のような自分が映っていた。



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