27 はじまり3
目覚めると、花模様の白い天井が目に入る。
窓を覆うのは淡いピンク色のカーテンで、私はゆっくりとこれまでの経緯を思い出した。どうして自分がクレモルン男爵家の自室で目覚めるに至ったかの理由なんかを。
「五年前から始まっていたなんて……」
もしかすると、もっと前から。
人当たりもよく社交性のあるイーサン・ヘルゼンという男を私は完全に見誤っていた。自分と真反対の彼の性格を新鮮に思っていたし、尊敬すらしていたけれど、こんな弊害があったなんて。
あのイヤリングは証拠になるのだろうか。勢いで持って来てしまったけれど、シラを切り通される可能性だってある。確固たる証拠がないとペチュニアなんかは納得しないだろう。
そもそも、離縁したいと言って、イーサンは受け入れてくれるのかどうか。結婚前はあんなに伝えてくれた愛の言葉も、気付けば随分と聞いていない。もともと褒められるところなんて無かったけれど、こうも違えば多少気落ちはする。
食堂へ降りると、皿を片付けていたメイドのケリーが「アマンダ様は今屋敷を出発されました」と教えてくれた。まだ朝の八時前だが、もう学校へ向かったということだろう。
夢に向かって頑張る従姉妹と比べると、夫の浮気にショックを受けて逃げ帰った自分が恥ずかしい。
「ジャンヌ、起きたのか」
名前を呼ばれて食堂の入り口を見れば、父ダフマンが他所行きの服装で立っていた。
「おはようございます、お父様。これから商会へ?」
「ああ。昨日電話で夫人から大体の事情は聞いたよ。体調が悪いんだって?」
「………はい」
「医者を呼ぶかい?それとも、気持ちの変化が身体に影響しているのか。お前があの屋敷で苦労を強いられていることは分かっているんだ」
私はどう答えれば良いか分からず、口を閉ざした。
義母からの教育は厳しく、一番の味方であってほしい夫は浮気をしているようだ。そう打ち明けられたら、気持ちは軽くなるだろう。だけど、それは結局父の負担を増やすだけ。
この問題は自分で解決する必要がある。幸い、一度目の人生でのショックに比べたらそこまでの衝撃はない。現に動揺して階段を踏み外すようなことはなかった。こうして逃げ帰ってはいるけれど。
「無理をさせているのは申し訳ないと思っている。本当に辛いのであれば、私の方から夫人に伝えようか?」
私は唇をきゅっと結んで顔を上げた。
「いいえ、お父様。ご心配には及びません」
「そうだと良いんだが………」
「慣れない場所で戸惑うことはもちろん多いです。だけど、どんなときでも苦労の先に結果があるんでしょう?」
それは、いつも父が言っていた言葉。
母亡き後にその背中で伝えてくれたこと。
ゼロから商いの道に入って、バッカス・ヘルゼンの右腕まで上り詰めた。辛いことも苦しいことも父はすべて一人で背負って切り抜けてきたのだ。
「少し自分を見つめ直したいだけです。イーサンが帰ってくるので、週末にはヘルゼンに戻る予定ですから」
「そうか。無理はするなよ」
「はい。それは、お父様も」
困ったように笑って、父ダフマンは仕事へと出掛けた。私は軽い朝食を食べたあとで再び自分の部屋へと戻る。一日経ったことで、昨日よりは心は軽い。
週末イーサンに会うときは、まだこの話は持ち出さない方が良い。アマンダが教えてくれた部隊長に挨拶がてら普段の勤務態度なんかを確認して、それとなく騎士団での夫の生活を聞き出したい。監察を頼んでいたクリストフにも聞いてみないと。
もしも、イーサンが確実にクロであるという証拠が手に入ったならば、どうするか?
これ以上結婚生活を続けるのは意味がない。
今まで通りヘルゼンとは仕事上の関係を続けると伝えた上で、離縁を切り出すべきだろう。夫の愛人を認めながら夫婦を名乗るのは変な話だし、そこに私の幸せはない。
かといって父ダフマンの立場もある。
だから、イーサンの一方的な裏切りであることを証明する必要がある。クレモルンがいくら友好的な関係を構築しようとしても、向こうにはその意思がないのだと訴え掛けるために。
「イーサン……貴方は変わらないのね」
机の上に飾ったままだった写真立ての中には、笑顔を浮かべる私とその腰を抱くイーサン、私の腕に自分の腕を絡ませるアマンダの三人が映っていた。付き合いだしてすぐに撮った写真なので、まだ緊張した様子が伝わってくる。
私は写真立てを裏返して、椅子に座る。
途中で止まっていた自分の日記帳を開いて、ペンを走らせ始めた。




