23 コリーナ洋裁店2
コリーナ洋裁店に関しては、ほとんど何も知らなかった。名前は聞いたことがあるものの、名ばかりの男爵令嬢だった私は今まで店に足を踏み入れたことはない。
事前に宝石店で仕入れた情報によると、店主のコリーナ・マドルガが長い下積み時代で培った技術とセンスが売りの店らしく、繁忙期には来店が予約制になる場合もあるとか。
加えて、芸術家や職人の多くがそうであるように、コリーナの性格もシンプルではない。合わないと感じた相手はどんな金持ちであっても客にしない、という徹底ぶりだと聞いた。
ペチュニアの失態を挽回出来るだろうか?
「こんにちは、マドルガさん。突然訪問してすみません、お時間は大丈夫ですか……?」
「どういう要件かしら?」
まるで内容次第では帰ってもらう、というようにコリーナは目元の力を強める。双眼が鋭く光るのを見て、私は息を呑んだ。
「今日は挨拶に来ただけです。それと……先日のご無礼を謝罪したくて、」
「まぁ。貴女はいったい……?」
「ジャンヌ・ヘルゼンです。最近ヘルゼンのご子息と結婚した関係で、伯爵家に嫁入りしました。今日は店の手伝いに来ているんです」
「あぁ、なるほど……それはご苦労様ね」
心なしか、コリーナの顔が柔らかくなった気がした。邸での私の苦労を察してくれたのかもしれないし、私が完全なるヘルゼンの人間ではないと知って安心したのかもしれない。
立ち話もなんだから、と勧められた椅子に腰掛けて、持って来た焼き菓子を手渡した。
「あの……宜しければこちらを。アルキノーさんのお店のマドレーヌです」
「良い香りね」
すぐに両手で受け取って紙袋を開けると、コリーナはまたいくぶんか優しい声音になった。ペチュニアが接し方を誤っただけで、本当は良い人なのではないか。そんな期待が膨れ上がる。
「宝石って売るのが大変でしょう?」
「え?」
「高価なものだから使う人を選ぶのよ。あの女は分かってないみたいだけど、高飛車な商売を続ける限りは客足は増えないと思うわ」
「そうですね………」
「それで今日は何の用で?」
私は拳を握って顔を上げた。
「マドルガさん、毛皮のことなんですが………」
口にした瞬間、目の前で嬉しそうにマドレーヌを見つめていたオレンジ色の目がキッと釣り上がった。
「ヘルゼンには売らないわ」
「…………っ、」
「礼儀知らずのヘルゼン商会には今後毛皮を売ることは一才ないと思って。同じ商いをする人間として、あれほど誰かを侮辱する発言が出来るなんて信じられない。あんな女、大嫌いよ!」
「………申し訳、ありませんでした」
まだ時期尚早だった。
ペチュニアがいったいどんな暴言を吐いたのかは聞かされていないものの、コリーナの憎しみは根深そうだ。ここから情報を仕入れるのは難しいだろう。
と、なれば。
「いいえ、売ってほしいというお話ではありません。その逆なのです」
「なに……?」
「もしも今後、ヘルゼン商会が毛皮を入手するルートを開拓したとしたら、こちらの店舗で扱っていただくことは可能でしょうか?」
「………例えばの話をするのは嫌いよ」
「それでは確実な話になったらご連絡します。どうか、そのときは話を聞いてください」
私は困惑の色を示す店主を前に深く頭を下げて、洋裁店を後にした。
不確定な話に前のめり気味になるほど、二つの店舗は親しくない。むしろ信用がない状態なので、この状態で食い付いてもらう方が無理だろう。
ヘルゼン商会で毛皮を扱うことが出来れば、間違いなく業界における商会の地位はアップする。加えてコリーナ洋裁店と上手く協力して現在の店舗の来客数を増やすことが出来たら、バッカス・ヘルゼンは大通りへの移転を考えないかもしれない。
同時並行で、ペチュニアの行動にも目を光らせないと。彼女がベーカリーに事実無根の罪の代償を払わせるのを阻止する必要があるから。
「あとは毛皮ね………」
バッカスのように隣国を渡り歩いてエメラルドの鉱山を見つけ出すのとはわけが違う。きっと抜け穴のようなものは何処かにあるはずなのだ。
その後数時間は宝石店で仕事の流れを覚えたり、それぞれの宝石の特徴を覚える時間に充てた。今まで興味を持っていなかったけれど、いざ学んでみると面白いことが多い。
短い時間ではあったが、私は店の従業員たちにお礼を伝えてヘルゼンの屋敷へと戻った。この調子でいけば一週間ほどで接客まで回してもらえそうだ。
「ジャンヌ様、ご家族から小包が………」
帰宅してすぐに近寄って来たメイドが私に茶色い小包を手渡した。部屋に戻って包みを開くとそれは先日訪問したハンベルクの祖父母からの贈り物で、手紙とともに、大きな紙袋が入っていた。
「まぁ……気を遣わなくて良いのに」
手紙の内容は久方ぶりの訪問を喜ぶ感謝の気持ちを示すもので、結びにはささやかな結婚祝いとして、知人から購入したというプレゼントを同梱すると書かれている。慎重に紙袋の中身を確認すると、確かにそこにはペールブルーの柔らかな毛皮のショールが入っていた。祖母曰く、染めの作業まで自分でしている知り合いが居るという。
思わぬかたちで入った情報に、自然と口角が上がる。ヒントは、意外と近くにあるのかもしれない。




