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20 新たな第一歩



「………あら、今日は随分と早いのね。珍しい」


 驚いたような顔で食堂に入ってきたペチュニアに、私は笑顔を見せた。


「おはようございます。ええ、お義母様のように早起きをして家族を迎えるのが妻の勤めだと思ったんです」

「まぁ。ようやく気付いたなんて……でも、そうね、努力は毎日続けるものよ。その調子で頑張りなさい」


 スンとした表情で自分の席へと向かうペチュニアに、すぐに副メイド長のイボンヌが擦り寄る。アイスティーを注文する義母を観察しつつ、私は頭の中で考えを練っていた。


 じきにイーサンと義父が降りて来るだろう。イーサンは昨日、私が帰ってもまだヘルゼンの屋敷に戻っていなかった。訓練がいつまで続いていたのか分からないが、日曜日はさすがに家に居るはず。


「おはよう……母さんもジャンヌも朝が早いな。昨日は張り切って剣を振い過ぎたから、腕が痛いよ」

「あらあら、イーサン!無茶はしないでよ。騎士団なんて商会を継ぐまでのお遊びなんだから、本気でやるべきじゃないわ」

「分かってるよ、母さん」


 ペチュニアはあれこれと質問を繰り出して息子の体調を気遣っている。私は咳払いをして、イーサンの方へと向き直った。


「ねぇ、イーサン」

「ん?なんだ?」

「昨日は突発的な訓練が入ってしまったのね。アマンダも具合が悪くなったから、結局お母様のお墓には私が一人で行ったの」

「あぁ……本当に申し訳ないと思ってるよ。金曜に言われていたんだけど、君に伝え忘れてたんだ。僕は既婚者だから、基本的に土日は休みをもらえるんだが、団長が変わってからそうもいかなくてね」

「………そうなのね」


 当の団長が南部に居たというのに?


 素朴な疑問が込み上げたけれど、ユーリと出会ったことを話すと諸々の説明が面倒になるので私はとりあえず黙った。隠すようなことではないけれど、この場で打ち明けるとペチュニアから絶対にお咎めの言葉が飛び出す。


 そうこうしているうちに義父バッカス・ヘルゼンが現れて、朝食の時間が始まった。私は近くに居たメイドに温かい紅茶を注文する。



「今日は比較的気温が高いからアイスティーが爽やかで良いんだけど……若い人は分からないかしら」


 含んだような笑いとともに義母がグラスに口を付けるのを見て、私は賛同を示した。


「そうですね。少し暑いぐらいですし、アイスティーが美味しいと思います。だけど……身体を冷やすのは避けたくて」

「どうして?」

「赤ちゃんが出来にくくなると聞いたので」


 にこりと微笑んでそう言うと、隣に座るイーサンが咽せた。ゲホゲホと咳き込む夫に私はナプキンを渡す。


「あとは、毎日散歩もしようと思います」

「散歩………?」

「お母様のノートにも書かれていましたよね?女たるもの、常に夫の健康を気遣えって。そのためには先ず、自分が健康で居ないと」

「っは、散歩なんて何のためになるって言うの!家で皿でも磨いてた方がよっぽど良いわ。ヘルゼンのことを思うなら、」

「ヘルゼン公爵家のためです」


 私は馬鹿にしたような目を向ける義母から視線を離して、その傍で何食わぬ顔をして食事を続ける義父を見据えた。


 無関係だと思っているのだろう。

 自分の妻と息子の嫁が歪みあっていたとしても、そんなことは何の関係もないのだと。別次元の話として捉えているかもしれない。


 でも、今はそれで良い。



「お義父様、以前商会で毛皮を扱うのが難しいとお話されていましたよね?」

「んん?あぁ……そんな話があったな」


 バッカス・ヘルゼンは口元を拭いながら、思い返す素振りを見せる。


「ヘルゼン商会はロゼリアでも有数の優れた商会です。だけど、他より抜きん出るためには、目玉となる商材があった方が良いと思うのです」

「ほう……それは何だ?」

「お父様が欲している毛皮です。定番のうさぎやキツネの他に、変わり種もいくつかあった方が面白いでしょう。お客様は新しいものに飛びつくはずですから」

「何を言ってるの、毛皮は公爵家が、」


 口を挟んだペチュニアを片手で制止して、バッカスは顎髭を撫でた。閉じた双眼の奥ではきっと思考を巡らせているのだろう。


「何か案があるんだな?」

「はい。確かに毛皮は高級品ですが、街を歩けば身に付けている人は居ます。どこかに流通の窓口があるはずなんです」


 それが見つかれば苦労はしない、と肩を落とす義父の前で私は「なので」と続けた。


「街を歩いて、見つけ出すつもりです」

「街を……?」

「王都だけでもたくさんの服飾洋品店がありますよね。商会を通さずに、個人で輸入に漕ぎ着けている店舗があるのかもしれません」

「それは分からない。毛皮を身に付けている婦人に直接聞くのか?どこの店で買ったのかと」


 高い笑い声が響いて、目を向ければペチュニアが我慢ならないといった様子で口元に両手を当てていた。私は気にせずに義父に訴え掛ける。


「一日一時間だけで構いません。私をヘルゼン商会が経営する店に立たせてください。食品でも装飾品でも構いません。必ず、有益な情報を掴みます」


 バッカスは顎髭を撫でながら目を閉じている。


 隣に座るイーサンや義母が、それぞれ複雑な顔でバッカスの様子を伺っていた。何を急に突飛な話を、というのが彼らの胸中だろう。


「ヘルゼンの役に立ちたいのです。もしも働きぶりがお気に召さなかったら、いつでもクビにしてくださって構いません」


 しばらく頭を下げ続けると、義父は唸るような声で「一時間だけなら」と呟いた。私はテーブルを見据えたままで口角を上げる。


 先ずは第一歩だ。

 外へ出るための口実と、商会の内情を把握するための、きっかけを得た。あとはここから、自分の新しい人生を始めれば良い。


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