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12 天使みたいな悪魔



 それからの団長室は混沌としていた。


 土下座する勢いで謝罪するクリストフの前で、ニコニコと笑顔を続ける騎士団長ユーリの対比は私の心臓にも負担を掛けた。元はと言えば能天気に話を振った私のせいなので、責任は重い。


 一通りの謝罪を聞き終えて「会議がある」と言って立ち上がったユーリは、私の前で立ち止まり、変わらぬ笑顔のままで「結婚おめでとう」と祝辞を述べた。目を見れなかったことは言うまでもない。



「…………ごめんなさい、クリストフさん」


 私は管理人室の前で肩を落とすクリストフに声を掛ける。道案内役を命じられた彼は、団長室からここまで一言も言葉を発しなかった。


 小さな身体がより一層縮んでいるような気がする。まさか、クリストフの鬼上司が男だったなんて。近頃は女の入隊希望者も多いと聞いていたので、てっきり女王様気質の女上司なのかと思っていた。


「ジャンヌさん酷いです……死ぬまで恨みます」

「えぇっ、」

「冗談です。だけどあんまりですよ!ユーリさんの愚痴はまだしも、飲み過ぎたことまで言うなんて!」

「ごめんなさい、配慮が足りず………」

「一週間は外出禁止だそうです……もう酒場には行けません……」


 悲しそうに目をしょぼしょぼさせながらそう言うから、私は申し訳なさで消えてしまいたくなる。しかし、クリストフは勢いよく顔を上げて片手でピースサインを掲げた。


「こんなこともあろうかと、本棚の引き出しに秘蔵のウイスキーを隠してあります!ふぅ、やはり策士たるもの常に備えておかねば……!!」


 備えあれば憂いなしとはこのことですね、と安堵の息を吐きながら言うので、私はしばらく閉口した後に吹き出した。団長室ではずっと緊張しっぱなしだったから、気が緩んだのかもしれない。


「ジャンヌさん?」

「ふふっ、ごめんなさい。問題なさそうで安心しました。団長様は確かに厳しそうな方ですね」


 クリストフは何か言おうとしたが、すぐにキョロキョロと周囲を確認する。人が居ないことを確かめた上で口元を手で覆って話し出した。


「そんな優しいものではありません!僕は同期だからあの人の性格を理解していますが、きっと新入りの団員なんか震え上がっていますよ。四月から随分と宿舎の雰囲気も変わりました」

「あら、団長様は最近交代されたのですか?」

「はい。この春から」


 イーサンからそんな話は聞いていない。

 以前、つまり、私が亡くなる頃に団長を務めていた男はもっと年配だったはずなので、知らないうちに何人か入れ替わっているのかもしれない。


 先ほどのユーリの立ち居振る舞いを思い返す。

 なるほど確かにハッとするほど美しい顔立ちではあるが、ここは騎士団だ。男だらけのこの宿舎で顔が良いことはあまりプラスには働かないだろう。舐められる可能性だってある。だからこその、あの態度なのだろうか。


(まぁ良いわ、私には関係ないし)


 考えなければいけないのは、自分のことだ。

 お弁当を届けるという名目で週に何度か騎士団を訪問するつもりだったのに、さっそく失敗してしまった。イーサンにとっては良い迷惑なのだろう。


 私はどうしても、イーサンの浮気相手を確かめたい。そして願わくば、その証拠を掴んでヘルゼン伯爵家に離縁を叩き付けたい。もちろん現時点で彼に懇ろな関係の女が居るのかは不明だ。


 だから、探る必要がある。



「あの~………」


 様子を伺うような声に顔を上げると、クリストフがチラチラと私の手元を見ていた。性格に言うと、手に持ったバスケットを。


「どうしましたか?」

「いや……中身は何なのかなと」

「え?」

「サーモンですよね?少しレモンの香りもする……あとは玉ねぎに、卵の………」


 ぽかんと呆気に取られた後、私は彼がバスケットの中身を当てようとしているのだと気付いた。匂いが漏れているのだろうか、と慌てて頭を下げる。


「すみません!走ったり担がれたりしたので、汁が溢れてしまったのかもしれません。夫に昼食を作って来たのですが、生憎もう済ませたようで……」

「それは残念ですね………」


 言いながら尚もクリストフの双眼はバスケットに釘付けだ。私は少し迷った挙句、言葉を切り出した。


「よかったら、食べますか?」

「良いんですか!」


 さすがに失礼だったかもしれないと思ったのは一瞬で、食い気味に帰ってきた返事に私は面食らった。目を輝かせるクリストフの前で恐る恐るバスケットを開けてみる。そこまで崩れてはいなさそうだ。


「あの、お口に合わなかったら捨ててください。宿舎の食堂のお料理の方がはるかに美味しいと思いますし……」

「いえいえいえ!喜んでいただきます!」

「なんだか、すみません……」

「何を仰いますか!」


 見たところクリストフは本心からそう言ってくれているようで、今すぐにでも食べ始めそうな勢いだった。


 私はバスケットの中から琺瑯の保存容器とパンを取り出して、クリストフに手渡す。ずしりと重たいそれらを幸せそうに抱えて、男は元気良く見送ってくれた。


 はたしてこれで良かったのだろうか?

 帰りのバスに揺られながら、私はゆっくりと目を閉じる。目的は達成出来なかったけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。せっかくの努力が無駄にならなかったことが、嬉しかったのかもしれない。


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