11 盗人
「だから、何度もお話ししていますが私は泥棒なんかじゃありません!疑うならば夫に直接聞いてみてください。檻に入れる必要はありません!」
「証拠はあるのか。彷徨いていたそうだが」
「第三部隊のイーサン・ヘルゼンに確認してください。私が信じられないのですか!?」
「今会ったばかりの人間を信じろと?」
「今会ったばかりの人間を拘束する方が変です!」
一際大きい声で言い終えると、私は目の前の美しい男を見た。団員の家族であることは真実なのに、決め付けて掛かるなんて失礼過ぎる。
その見目麗しい容姿に驚いたのは一瞬のことで、彼の命令一つで私は今両手を後ろで縛られた状態にある。大柄な男は団長とかなんとか呼んでいたけれど、それが本当ならば私は騎士団を訴えたいぐらいだ。
再びノックの音がして、束の間席を外していた大きな男が入って来た。
「団長、どうやら本当に妻のようです」
「そうか。解いてやってくれ」
「分かりました」
いや、謝罪は?
いくら待っても涼しい顔で、何事もなかったかのように視線を書類に落とすものだから、私は小さく咳払いした。騎士団長は顔を上げてこちらを見る。
「どうした?もう帰って良いぞ」
「そうではなく……!」
「あぁ、帰り道が分からないのか。ゴードリー、彼女を管理人室まで送り届けてやってくれ」
「違います!」
胸の内には、朝方からのさまざまなことに対する苛立ちが募っていた。
メイドたちと和気あいあいと弁当作りに励もうと思ったのに副メイド長イボンヌの登場で解散。やっとの思いで作った弁当は日の目を見ずに夫から追い返され、帰宅途中に泥棒と間違えられて今。謝罪の言葉はなく、この上から目線の態度。
「団長様……いつも夫がお世話になっております」
無理矢理に笑顔を作ったら頬が引き攣るのを感じた。
「何人もの団員を率いる団長様がどんなお方が気になっていましたが、今日このような形で偶然お目にかかれて光栄です」
「そういう挨拶は不要だ。用がないなら、」
「さすがは団長様、強い警戒心を持って、相応の礼儀を弁えた方でいらっしゃいました。団長様はロゼリア騎士団の顔ですから、他の団員たちにとっても素晴らしいお手本となるでしょう」
「………なにが言いたい?」
眉間に皺を寄せて明らかに不快な顔をした男を見て、私は内心笑みを深めた。これぐらい言えば相手にも伝わるだろう。
イーサンの昇進なんて今世ではどうでも良い。
どのみち浮気して裏切られるのだから、夫の騎士団での立ち位置など無関係。むしろずっとただの隊員で居てくれても結構。
睨み合う私たちの背後で、ガチャッと扉が開く音がした。振り向けば、大柄な男の後ろで丸顔の隊員がこちらを覗いている。
その顔には、見覚えがあった。
「クリストフさん!」
人懐っこい丸い顔に眼鏡の向こうに並ぶ茶色い瞳。今日も今日とて額には汗が浮かんでいる。真冬でもこうなのかしら、と勝手に想像して口元が緩んだ。
クリストフ・ピボットは結婚式場で会った時とは違って、今日は騎士団の制服を着ていた。胸元のバッジの数からして、何かの役職には就いているようだ。
「これはこれは花嫁殿!こんな場所でお目に掛かるとは思ってもみませんでした!先日の結婚式、とてもお綺麗でしたよ」
「ありがとうございます」
親しみやすい笑顔にこちらもついつい親近感を持って答えてしまうが、ここは団長室。続く話は外でしようと、私は相変わらず仏頂面を続ける騎士団長に軽くお辞儀をしてクリストフの方へと駆け寄った。
「あの、その後大丈夫でしたか?」
「はい?」
扉を開けたままで待っていてくれるクリストフに私は小声で問い掛ける。
「天使みたいな見た目だけど悪魔のように厳しい女上司が居るんですよね?ユーリさんでしたっけ?」
「ひっ……!!」
丸い目がさらに丸くなるのを見た。
クリストフの顔が青くなって顎が震え始める。
思い出すのも辛い出来事があったのかと思い、私は心配になった。結婚式の会場で、人の良いクリストフが愚痴を溢しながら何倍もお酒を飲むのを見た。やはり、宿舎に帰ってから彼の鬼上司に酷く叱られたのかもしれない。
「そんなにユーリさんに怒られたんですか?少し飲み過ぎていたから止めれば良かったですね、すみません……」
「いや、あ、えっと………」
よほど恐ろしかったのか、クリストフの顔色は青を通り越して白くなっている。額の汗が、今やハンカチが追い付かないほどに噴き出ていた。
私がクリストフの名前を呼ぼうとした瞬間、それまで無音だった部屋の奥から声がした。
「結婚式で飲み過ぎたって?」
私はクリストフとともに声の主の方を振り返る。視界に入った大男もまた、岩のような強張った顔で静止していた。
「おかしいな。お前は俺の代理として団員に祝福の言葉を掛けに行ったんじゃなかったか?」
「あ、あ、あの……」
「教えてくれ、クリストフ。誰が天使みたいな悪魔なんだ?」
爽やかな笑顔で問い掛ける男の後方に、先ほどまで彼が着席していた席がある。机の上に載ったネームプレートに書かれた「ユーリ・バレンタイン」という名前を見て、私は気が遠くなるのを感じた。




