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10 騎士団の宿舎



 弁当は、なんとか出来上がった。


 多少オムレツのかたちが歪だし、マリネだって短時間しか漬けていないので味が不安だが、そのあたりは仕方がない。そもそも協力してもらうことを前提で進めてはいけないのだ。


 私は大きなバスケットを持って、屋敷の前からバスに乗った。車を出してもらうことも考えたが、少し街を歩きたい気持ちもあったのでバスを選択した。


 イーサンが平日寝泊まりする宿舎は、ヘルゼン邸から車で三十分ほどの場所に位置する。騎士団が訓練できるだけの広大な敷地は農場にも面していて、車の通りは意外と多い。


(きっと……惨めな最期だったでしょうね)


 あの後、世界はどうなったのだろう。

 私を追い掛けて来たイーサンは私の死を目撃したのだろうか。だとしたら相当な衝撃だったはずだ。後悔して、自分の行いを懺悔してくれたら良いのだけれど。


 イーサンは私の死後、誰かと再婚したのだろうか。相手は居るようだったし、あの日も人目を盗んで逢瀬を重ねていたのなら、再婚の可能性は高い。清々したことだろう、厄介払いが出来て。


 だけど、同じことが出来ると思わないでほしい。

 私はそこまで馬鹿じゃない。




 ◇◇◇




「えーっと……イーサン?あぁ、イーサン・ヘルゼンね。第三部隊の宿舎だから二階の右側の棟だ」


 宿舎に着くと管理人に名前を伝えた。

 見慣れた白髪の男に「お久しぶりです」と言いたくなってしまう。すでに高齢の彼は、私が死ぬまでの五年間ここで管理人を続けていた。


 礼を伝えて歩き出す。

 秋の始まりは少し肌寒い。


 通常であれば十二時から昼の一時までは昼休みのはず。だけどイーサンには昼食を持って行く旨をすでに伝えてあるから、部屋に居る。


 手摺りに手を這わせながら上へ上へと歩みを進める。少しでも早く外へ、という思いから駆け降りた同じ階段を、私はまた踏んでいる。


(本当、笑っちゃう………)


 あの日、私はどうすれば良かったのだろう。

 気配を気付かれた瞬間に逃げ出してしまったけれど、仁王立ちで扉の前に立って問い詰めれば良かったのかもしれない。「この浮気男!」と罵倒して、平手打ちの一つでもしておけば。


 逃げ出して事故死なんて、彼の思う壷だ。私が死ぬまでの我慢なんて言っていたから、内心歓喜した可能性もある。だけど、いくら嫌いだからって、配偶者の死を願うだろうか?さすがに酷い。


 そんな考え事をしていたら、あっという間に部屋の前に到着した。



「イーサン?」


 ノックをしてみる。

 胸がドキドキしていた。


 また同じように女の声が聞こえたら?

 浮気の現場に直面したらどうしよう。


 しかし、そんな不安が過ぎった直後、後ろからイーサンの声が聞こえた。


「ジャンヌじゃないか!どうして此処に?」

「え……?」

「そのバスケット、まさか本当に弁当を持って来たのか?おいおい、あんなの冗談かと思ったよ」

「だけど私は持って行くって、」


 そのとき、そばを通り掛かった騎士の男が物珍しそうにこちらを見た。イーサンは私の方に近付いて距離を縮める。


「あの、イーサン……?」

「悪いが早く帰ってくれないか。男には付き合いがあってね、僕だけ弁当を食べるわけにはいかない。ここは男だらけの宿舎だし、君が来る場所じゃないよ」


 何かを言い返す前に、強い力で階段の方へと引っ張られた。「週末にまた」と言われて夫はすぐに他の男たちの群れに合流してしまったので、私はなすすべなく階段を降りる。


 が、管理人室に辿り着く前に、巡回していた大柄な男に捕まった。


「お前、ここで何をしている?」

「えっ?私はイーサン・ヘルゼンの妻です。今日は夫に昼食を届けようと、」

「怪しいな。近頃多いんだ、団員の家族のフリをして宿舎に入って金品を盗んでいく盗人が」

「違います!私は……!!」


 これまた聞く耳を持たない大男は、私を軽々と抱き上げて歩き出した。かろうじてバスケットだけは水平になるように持ち続けたが、中身がどうなっているかは分からない。もっとも、もう誰の口にも入らないのだけど。


 やがてズンズンと廊下を進んだ男は、白い扉の前で立ち止まった。他の団員の部屋とは少し様子が違う。昼休憩だというのに、男たちの騒ぐ声も聞こえない。


 男はノックをして、部屋の主人が返答したのを確認した上で扉を引いた。担ぎ上げられたままで私は扉を潜る。



「団長、怪しい女が徘徊を」


 報告を終えた男が私を床へと降ろす。逆さに運ばれて血が昇った頭を支えつつ、フラフラと立ち上がって机の向こうに目をやった。


 透き通る金髪が風に揺れている。

 宝石みたいな碧眼が私を捉えた。


 言葉が出なかった。今日までの二十年、もっと言えば死ぬまでの二十五年の中でこんなに綺麗な人を見たことがなかったから。男は不思議そうに首を傾げて、口を開いた。



「それで、命知らずな泥棒は何を盗みに?」



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