第82話 嘉兵衛は、本多弥八郎と対峙する
天文24年(1555年)8月上旬 駿河国駿府 松下嘉兵衛
紆余曲折の末に、図らずも信虎公の協力を取り付けたが、天下取りとか上洛とか以前に解決しなければならないことがある。それは……我が家が現状抱える様々な問題についてだ。
「寿の側室入りの件、例の襲撃者の件、あと……信虎公が去られたから人手不足をどうやって解消するかか……」
寿の側室入りについては、本人は比較的前向きだが、俺自身が決断しかねている。信虎公も藤吉郎も何をためらうのかと言ってくるが……なんか、男の意地としてというか、そういった縁故で出世するのは何となく受け入れられなかったりするのだ。
もちろん、綺麗事だとはわかっているが……幸い、時間はまだあるようなので、結論を出すまでもうしばらく待ってほしいとしている。
そして、次に例の襲撃者の件だが、素性の割り出しは既に済んでいる。やはり、次郎三郎の周辺から漏れたようで、3日前に暴走した服部半蔵を連れて、謝罪に来たのだ。
「兄貴、申し訳ございませぬ!家中の者には、きつく叱っておきますゆえ、どうか禅師にはご内密に!!」
……まあ、次郎三郎はそう言っていたが、雪斎様が本当にご健在ならば、俺が内密にしていても無駄だと思う。だけど、今のところ何ら動きがない所を見ると、いよいよなのかもしれない。そうなれば、雪斎様がお亡くなりになられたらどうなるのかだが……。
襲撃事件も服部半蔵単独の仕業とは思えないと、藤吉郎は五右衛門にその辺りを探らせているが、今の今川領国の中で、雪斎様がお亡くなりになられて揺れるとしたら統治期間の浅い三河なので、何だかきな臭さを感じる。
「殿、よろしいでしょうか?」
「どうした?藤吉郎」
「左近が帰って来たのですが……」
部屋の外から聞こえたその奥歯に何やら物が挟まったような物言いに、何やら想定外の事が起きたと判断して、俺は思考を中断して部屋を出た。途中、藤吉郎が言うには、左近は一人ではないらしく、客を二人連れているとかで……
「これは、石見守殿。御無沙汰しておりますな」
「嘉兵衛……いや、大蔵殿もご息災のようで何より。娘の事ではご迷惑をおかけしておりますな……」
その一人は寿の実父である松下石見守殿だ。まあ、色々と言いたいことはあるけれども、それは一先ず脇に置く。そして、問題はもう一人の存在だ。
「左近……その者は?」
「松平家に仕える重臣・酒井将監(忠尚)の家老、本多佐渡守の嫡子・弥八郎にございます」
本多弥八郎。その名は昔、漫画で読んだから知っているが、確か家康の軍師・本多正信の事だったはずだ。
「それで……その弥八郎殿をいかなる理由で連れて来たのだ?いきさつを説明してくれ……」
「三河の動きが近頃怪しいと石見守殿から伺いまして、それで内偵を進めていたのですが……」
左近はどうしてこれまで帰って来られなかったのかも含めて説明してくれた。即ち、三河では織田の手があちらこちらに回っており、酒井将監ら松平の重臣であっても、今川家に対する反乱を準備していると。
「それは由々しきことだな。しかし、将監が反乱を起こそうとしているのに、なぜその家老の息子がここに来るのだ?」
「人質にございますれば」
「人質?」
意味が分からないと思っていると、弥八郎が父親から預かった書状を渡したいと言い出した。
どうも、主である将監は止めても止まらないから、連中の計画をここに伝えるので本多家への処分は容赦してもらいたいとか。俺には備中守様への口添えを頼みたいという事らしい。
ただ……相手は家康の軍師。鵜呑みにするのは危険と判断して、俺は書状をそこに置き、一先ず部屋の外で待つようにと命じた。
「ん……どうした?それほど難しい話をしたつもりでは……」
しかし、弥八郎は懐から取り出した書状を勝手に開いて、内部に仕込んでいたのだろう。クナイを取り出し、投擲してきた。「こうなったら、致し方なし!」とか叫んで。




