第63話 嘉兵衛は、茶の湯の技を披露する
天文24年(1555年)5月下旬 駿河国駿府 松下嘉兵衛
三浦様に案内されて辿り着いた場所は……今川館の傍にある屋敷の茶室だった。
「あの……」
「おや、茶の湯は嗜んでおられなかったか?」
「いや、そうではなくて……よろしいのですか?」
「なにがだ?」
「ここ、三浦様のお屋敷ではございませぬよね?」
いくら重臣だといっても、他人の屋敷に勝手に上がり込むのは如何なものか。そう思って訊ねたのだが、三浦様は家主の許可を得ていると答えられた。
「まあ、そういうわけだから、気兼ねなく使わせてもらうことができるわけだ」
そして、早速と言わんばかりに刀掛けに大小を預けて躙り口から茶室の中へと入られた。こうなると、俺も同じように続くしかない。
「それでは、これより茶を点てる故、暫し待て」
俺が座るのを見計らって、三浦様は茶碗に抹茶と湯を入れてカシャカシャと茶筅を回して茶を点てられ始めた。しかし……大学の教職課程で学んだ程度の知識しかない俺から見ても、その所作はなっていない。
「さあ、どうぞ」
「はっ……」
点数を付けるのなら50点かなと思って口にしたのだが……その味わいからさらに20点へ減点といった所か。これ……絶対、抹茶の分量間違えているだろう。
「これからはきっと、茶の湯を学ぶことも武士の嗜みとなるだろう。貴殿も学んではどうだ?」
それゆえに……その言葉を聞いて思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい?」
「これは失礼いたした。しかし……この程度の技量でそのように勝ち誇って言われると……可笑しくて……」
「なっ、なんだとぉ!」
あ……しまった。相手は今川家の重臣だというのに、失礼な物言いをしてしまい怒らせてしまったようだ。だけど、こうなってしまったからには仕方がない。
挽回するためにも、俺は茶を点てさせて欲しいと三浦様に申し上げた。
「もし、某の茶がダメだと申されるのであれば、先程の失言を如何様にもお詫びいたしましょう。それゆえに……」
「わかった。では、もし俺がダメ出しするようであれば、今の詫びとして朝比奈殿と縁を切って、我らに味方してもらう。それでよろしいか?」
なるほど……ここに俺を呼びつけた本音は、寝返り工作であったか。
「承知した」
……だけど、悪いがそれは叶わない。俺は茶碗に抹茶の粉末と湯を入れて、適度に泡が立つまで素早く茶筅を上下に振った。前世で学んだとおりに。
「な、な……なぜだ……」
「お静かに」
今にして思えば、大学の教職課程って色々な勉強をさせられたものだ。音楽では笛やピアノ、美術では油絵を描かされたし、料理や裁縫、書道やそろばんまでも単位を取得するために「必要なのか?」と思いつつ……。
そして、茶道も本格的で……確か講師は表千家の免状を保持していると言っていたな。
おかげで単位の取得も容易ではなかったが、赴任した高校で女生徒に指南したら、ちょっとだけいい雰囲気になったのは甘酸っぱい思い出だったりする。手は流石に出さなかったけど……。あれ?そういえば、あの子……おとわに似ていたような……。
「では、三浦様。どうぞ、お召し上がりください」
「いただきましょう」
まあ、少しだけ雑念は入ったけど……三浦様のレベルならばきっと気づかれる事はないだろう。点てた茶を差し出して、そう思って飲み終わるのを待っていると、案の定というべきか高評価を頂いた。
「申し訳ないが……もう一杯いただけないだろうか?」
「それは構いませぬが、それは美味しかったという答えでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
それならば、俺としては拒む理由はない。ご要望通りにもう一杯、茶を点てて三浦様の前に差し出した。
「ああ、心にしみる……」
「それはようございましたな」
ところで、俺は現在勤務時間中である。流石にここでいつまでものんびりしているわけにはいかない。さもなくば、四番隊の連中が鍛錬をさぼりかねないわけで。
それゆえに、このあたりでと三浦様に申し上げた。
「え……いや、これだけの茶を点てられるのだから、馬廻衆など辞めて……」
「流石に1,500石の禄を頂戴しておいて、それはならぬでしょう」
「そうだな……確かにその通りだ。だが……」
三浦様はその上で俺に頼み込んできた。時々で構わないから、茶の湯の指導をしてもらえないかと。
「えぇ……と?」
「別に俺に味方しろとは言わないし、何ならそなたとは政の話はしない。それならいいだろ?とにかく、その技を俺は学びたいのだ」
さらに、この話は念のために備中守様にも通すと言われて、それならばと俺は了承する事にした。
いずれ政の場で対立するかもしれないけれども、三浦様と話すことができる関係となっていれば、何かと役に立つに違いない、そう思って……。




