【幕間話-4】 寿は、元婚約者の栄達の裏側で……
天文23年(1554年)12月下旬 遠江国引間 寿
松下家の源左衛門様との婚約が破談になって、もうすぐ3か月になろうとしている。その間、父上はわたしの新しい嫁ぎ先を探しているが……どうやらあまり、上手く行っていないようだ。
「まあ、そなたはまだ16。そう焦る必要はあるまい」
父上は今日もわたしにそう言われて励まされたが……わたしは知っているのだ。1年の間に2度も婚約が破談となったため、足下を見られている事を。侍女の千代が教えてくれたが、此間などはお城に出入りしている商人の後添えではどうかなどとも……。
だったらと、わたしは密かに思うのだ。そのような屈辱を受ける位ならば、初恋の相手である嘉兵衛様の下へと参り、例え浪人暮らしで大変であろうと添い遂げさせてもらえないかと。
「千代……お願いがあるのだけど」
そして、思い立ったら吉日だ。まずは嘉兵衛様が今、どこで何をしているのかを調べなければならないと考えて、わたしは千代にその役目を頼んだ。
「お、お待ちを!そのような事をして、殿の耳に入るようなことがあれば……」
「言う事を訊いてくれないのなら、わたしはこの場で髪を下ろすわよ?そうなったら、あなたは……」
本当はそのような事はしたくないけど、その場合は間違いなく、千代は責任を取らされることになるはずだ。涙目になっているが、きっと幼い弟たちの行く末を考えているに違いない。
「……わかりました。どこまでできるかはわかりませんが、調べるだけ調べてみます……」
「お願いするわ」
情報収集を千代に任せたわたしは、いつでも出立できるように荷物の整理に取り掛かった。何しろ、城を追放された嘉兵衛様はおそらく浪人の身の上だ。共に生きていくにはきっとお金が必要だろうと、金目の物を中心に集めていく。
しかし、ほどなくして大きな足音がこちらに近づいてくることを知り、作業を中断した。現れたのは……千代を引き連れた父上だった。
「寿!千代から話を聞いたが、おまえ、嘉兵衛殿の下に行きたいと言ったそうだな!!」
おのれ、この裏切り者……と千代を睨んだが、それをここで言い出しても仕方がない事はわたしも理解している。だから、「そうです」と正直に答えた。
すると、そんなわたしを前に父上は大きなため息を吐かれて、まずは座られた。そして、つられて座ったわたしに告げたのだ。今更駆け付けたところでもう手遅れだと。
「父上……手遅れとは?」
もしや、すでにこの世の方ではないというのかしら?あり得ない話ではない。浪人となったからには収入はないし、どこかの国で餓死していても……不思議ではないのだ。
しかし、父上はわたしの思惑とは真逆の答えを告げてきた。それは、この引間の北にある井伊谷を治める井伊家に仕えた嘉兵衛様は、今では殿様の一人娘と婚約したのだと。
「うそ……でしょう?」
「真の話だ。3か月前、若殿様の婚儀で澄酒が振舞われたと言ったであろう?あれは瀬戸屋という商人から購入した物だったが……どうやら、作り出したのは嘉兵衛殿だったようでな……」
その上で父上は話を続けられた。その売り上げで井伊家の財政を立て直した功績が認められて、勘定奉行となった嘉兵衛様に井伊のお殿様は娘を嫁がせることにしたようだと。
「そ、それじゃあ……わたしはどうしたら……」
「焦るな、お寿。来年こそ必ず、良き縁談を見つけて来るゆえ、もうしばらく待て」
良き縁談って……本当に見つけて来られるのだろうか?
「父上……それは、せめて我が家と同格以上の武家の正室ですよね?」
「そ、それは……」
あ……目を逸らした。ならば、やはり期待はできそうにない。
「父上、それならば……」
わたしは提案した。それならば、やはり嘉兵衛様の下に行かせてもらいたいと。
「しかし、あちらは井伊家の姫君を娶られると……」
「何も正室でとは申しません!勘定奉行として成功なされているのでしょう?だったら、側室ならば……と思いませんか?」
太った商人の後添えになるくらいなら、その方が全然マシだ。それに、お姫様との間に跡取り息子ができるとは限らぬわけだし……まだまだ一発逆転の目は残っているとわたしは思うのだ!




