第5話 嘉兵衛は、作戦開始を前に方法を考える
天文23年(1554年)5月中旬 遠江国気賀 松下嘉兵衛
松下家の家督継承を否定された俺は、源左衛門に頭蛇寺城を明け渡して、今、浜名湖の北岸にある町・気賀にいる。明日には井伊家の本拠地・井伊谷城に向かう事になるが、その前に当座の軍資金が必要だ。
善四郎様から頂いた割符から3貫(36万円)を換金し終えて、今夜は宿で休んでいる。
「さて、これからどうするべきか……」
ただ、悩みは尽きない。善四郎様からは奥山家のひよ殿を娶れと言われたものの、果たして俺のナンパ術がこの時代に通じるかは未知数なのだ。
「その笑顔、見ていると癒されますね……う~ん、もう少し声のトーンを」
だから、さっきまでもやっていたが、再びセリフの練習だ。きっと傍から見ればお馬鹿に見えるだろうが、失敗すれば死人が出かねないのだ。手を抜くわけにはいかなかった。
「突然、こんな事を言われて驚くかもしれないけど……惚れたよ。君しかもう見えないんだ。だからどうか、俺と一緒になってくれ」
「か、嘉兵衛様!?」
だが、練習するにしても、周りをきちんと確認してからにするべきだった。声が聞こえて初めて気がついたのだが、その視線の先には藤吉郎が……顔を真っ赤にして立っていたのだ。
「あ、いや、こ、これはだな……」
「……わかっております、皆まで申さずとも嘉兵衛様。この藤吉郎、お気持ちはかねてより察しておりました。しかし……どうか、その儀だけはお許しを。某が好きなのはおなごでございまして、衆道の相手だけは……」
「い、いや……俺も衆道の趣味はないんだが……」
「えっ!?」
まあ、この状況では勘違いしてもおかしくはない。だから、俺は丁寧に藤吉郎に事情を説明した。要は、お役目でひよという女を口説く練習をしていると。
「つ、つまり、某は勘違いしていたと?……で、ですが!某さえいれば他には何もいらないと言われていましたよね?あれは嘘だったのですか!」
「それは嘘ではない。嘘ではないが、それは衆道の相手として欲しいと言ったわけではなくてだな……」
改めて説明するのも照れくさいが、有能な人材であるから手放せないということを俺は藤吉郎に伝えた。
「有能……ですか?自分で言うのもなんですが、この某が?」
「ああ、そうだ。今は信じられぬかもしれないが、藤吉郎は非常に稀有な才能を持っている。この俺が言うのだから間違いない!」
……別に、俺が言うから間違いないわけではないのだが、藤吉郎が有能なのは歴史が証明してくれているのだ。そう言い切る事にためらいはなかった。
「だから、そなたに問いたい。その……ひよという女を口説いて我が妻に迎えるためには、どのようにしたらよい?」
「えぇ……と。それを某にお訊ねになりますか?」
「だって、そなたは有能なのだ。きっと答えなどパパっと見つかるであろう?」
ドラマなどでは、暴君・信長の無茶振りでさえもテキパキとこなして見せていたのだ。あの設定よりは若いとはいえ、何かしらの片鱗は見せてくれるはず。そう思って期待していると……
「それならば、まずは井伊家にて然るべきお働きを示されるのが早道かと」
藤吉郎は、敢えてナンパの如く初対面で口説こうとはせずに、仕事で家中の評価を上げて、それから少しずつ親密になって行けばいいのではないかと提案してきた。
「しかし、それでは手遅れになるのではないか?」
「では、初対面で口説いて成功するとお思いで?」
「いや、たぶん成功しないだろうな」
そう……恋人がいないのであれば話は別だが、善四郎様の事を想っているのだから、口説いてもそう簡単には靡かないだろう。そもそも、それで靡くような女ならば、こんな手の込んだ事を善四郎様も考えないわけだし……。
「それに、家老の小野様がお味方なのでしょう?でしたら、まずは仕事ぶりを示して信頼を得たら後押しもし易いのでは」
「そうだな。確かにそのとおりだ」
だから、流石は藤吉郎だというのだ。やはり、手放すわけにはいかない。




