第40話 嘉兵衛は、重役会議に参加する
天文24年(1555年)1月上旬 遠江国井伊谷城 松下嘉兵衛
「この井伊谷に朝比奈様が来られるのは……間違いなく、原因は嘉兵衛にあるじゃろうな」
会議の冒頭、和尚は俺を見ながら苦々しくそう言った。ただ、この意見には誰からも反論は出ない。俺自身でさえもそう思っているわけで。
「つまり、朝比奈様の目的は、嘉兵衛の見定めをするためか……」
「しかし、亀之丞様。嘉兵衛の待遇はすでに決まっているはず。それなのになぜ、朝比奈様ともあろうお方がわざわざ直に見定めに?」
「それはわからん。何か……そう、何かあったのかもしれんが……」
だが、その瞬間、一瞬であったが……殿は目を逸らした。だから、もしかしてと思って、俺は訊ねてみる。「何かしましたか?」……と。
「え、あ、そのな……」
「殿……今なら、拙僧も怒りませぬゆえ、正直にお話しいただけませぬかな?」
「怒らぬいうても、目が怒っているような……」
「殿!」
「わ、わかった。実はな……」
そう言いながら、和尚に強く促された殿は、何をしたのか説明してくれた。即ち、俺をお屋形様の馬廻衆に推挙してもらうように、関口様に頼んだと。
「い、いやな、おとわの幸せを思えば、嘉兵衛が偉くなった方が良いと思ったのだ。それに、強いから十分やれると思ってな」
「しかし、そういう重要な事は相談してからでも……」
「そうはいうが、和尚。それに嘉兵衛に但馬守。それはその方らも同じだろうが。儂が知らぬところで自分たちは駿府と計らっておきながら、それはいえぬのではないか?」
それは全くその通りだと思う。皆バラバラで好き勝手したからこんな事になったのだ。殿を責めても仕方がない。
「まあまあ、ご一同。いずれにしても、朝比奈様は来られるのですから、今は来られる理由をどうこう追及するよりも、どうお迎えするのか……その辺りを考える方が先なのでは?」
「そうじゃのう。中野殿の言われる通りじゃ。それで儂の意見じゃが……」
和尚は基本的な方針として、まず隠し事はしない事を我らに提案した。いや……寧ろ積極的に領内で展開している事業を見せて、俺が如何にできる男なのかをアピールするべきだと。
「嘉兵衛が出世すれば、即ちおとわの幸せに繋がるのじゃろ?」
ただ……そう言いながらも、先代の時代に作った隠田まで俺がやった事にするのはどうなのだろうか?流石にそれは図々しいと思うのだが、殿も但馬守殿も妙案とばかりに賛成してしまった。こうなると、オブザーバーで参加している手前、反対はしづらい。
「ただ、文官としての実績はそれで示せれましょうが、そもそもの話、殿がお屋形様の馬廻衆に推挙した事が今回の朝比奈様訪問に繋がっているのでしたな?」
「そうだ、奥山殿。そう考える方が妥当だろうな」
「でしたら、朝比奈様には今回の訪問時に、嘉兵衛殿の武人としての才能を測るおつもりがあるのでは?」
ゆえに、その実力を示せるような工夫もいるのではないかと奥山殿は言った。具体的には、戦う舞台と対戦相手の用意だ。
「嘉兵衛殿、戦うとしたら屋内が良いか、それとも屋外が良いか?」
「それでしたら、屋外の方がやりやすいですね。突き飛ばすなり、投げ飛ばすなりした際に、何か壊さないか心配しなくて済みますし」
「ならば、その時は二の丸の馬場を使う事を前提に準備を進めておこう。この件は……但馬守殿、任せたいがよろしいか?」
「承知しました」
「あと、対戦相手だが……」
「和尚、それについてだが、うちの倅が是非一度、嘉兵衛殿と真剣勝負を望んでおってな。この際、叶えてもらうわけにはいかぬだろうか?」
「なるほど。助太夫殿は井伊家中でも知れた剛の者。相手に不足はありますまい。ただ、ひとりだけでは見ごたえがないので、あと2、3人は欲しいですな」
そう言いながら、和尚は傑山さんを推薦した。龍潭寺の僧兵では一番強いらしい。そして、残る枠については家中のみならず、気賀にも声をかけて募集を賭けると言った。もし、その中で優れた者が居たら、家臣として召し抱えても良いのではと。
それは確かに妙案だと思った。俺自身も駿府に行けば500石取りになるわけだし、良い武将が居たら積極的に登用しようと。




