第314話 孕石は、京で情報を探る
永禄8年(1565年)3月中旬 京・嶋原夢屋敷 孕石元泰
夜。今日は厚い雲が空を覆っていて月明かりが届かないから、俺はこっそりと外出して……この京で今、一番だと評判の遊郭に足を運んでいる。
ちなみに、これで4度目の来訪だ。大蔵が3度、三河の狸が2度と聞いているから……ふふふ、俺の勝ちだ。
「しかし、主水様。本当によろしいのですか?」
「何がだ?金ならこの通り……まだまだあるぞ」
「いえ、お金のことではなくて……謹慎中と伺いましたよ?それなのにお店に来て大丈夫なので?」
そうだな……このお芳がいうとおり、太守様のお耳に大蔵辺りが悪意をもって伝えたら、俺のこの首はたぶん最後の皮一枚さえも斬られて、落ちる事になるだろう。
だが、それでもやらなければならない事は、今川家の為の情報収集だ。いつものように金を握らせて、この女を抱きながら根掘り葉掘り聞き出していく。例えば……摂津中務ら幕臣たちの深い情報などを。相国寺に居たのでは、それが叶わないのだ。
「それで……摂津中務が一昨日来たのであろう。何か面白い事は言っていなかったか?」
「いつも思うけど、ホントよく知っているわよね」
「まあ、摂津家の屋敷にも知人の知人がいるからな。ここに遊びに来たことくらいは……な」
「ふ~ん、だったら態々わたしから聞かなくても……」
「何を言っているのだ。こうして聞こうとしなければ、こうして会いに来る口実がなくなるではないか」
まあ、これも嘘というわけではない。俺だって男だし……高い金を払ってここにきている以上は、楽しいことだってやりたいのだ。ただし、同じ位に仕事もやるだけだ。
「でも……お客様の秘密は内緒にするようにと掟が……」
「そう言いながら、いつも教えてくれるではないか。もちろん、前に言っていた謝礼は用意してある」
「ホント!……こほん、それならいいわ。それで、一昨日の中務様なんだけど、色々とボヤいておられましたわ」
「ボヤいていた?」
「三好様の面目を潰せると思っていたのに、今川様が出て来られたから行かざるを得なくなったと」
今の言葉を頭の中で整理する。まず、三好の面目を潰せるというのは、三好屋敷へのお成りが無くなったことを差している。そこに太守様が出て来られたから行かざるを得なくなったという事は、今川家が仲介に入ったということか。何も聞いていないけど……。
「でも、今の話しだと……御所様の三好屋敷への御成りは中止ではなく、予定通りに行われると?」
「そうみたいね。本当は行きたくないとか言っていたけど、今川様も御所様にお供して行かれる以上は自分たちも行かなければならないとか……」
「それで、摂津は……怯えていたりはしていなかったか?例えば、行けば殺されるかもしれないとか……」
「それはなかったわね。口ではそれらしいことを言っていたけど……目が嘘を吐いていたわ。あれは何か企んでいるわね」
ふむ……そうなると、太守様が三好屋敷に赴かれるのは、非常に危険だというわけか。そして、その危機に俺が颯爽と現れてお救い申し上げる事が出来たなら、それは大手柄だ。どこかで城を一つ、いやそれどころか国を一つ頂けるかもしれない。
「ありがとう。今日も良き話を聞けた。これは約束の謝礼だ。故郷の弟に届けてやりなさい」
懐から取り出してお芳に渡したのは、三河・鵜殿家への推薦状だ。付届けはちょろまかした金で十分過ぎる程に行っているので、提出すればすんなりと実入りの良い仕事にありつけるはずだ。今宵もまたひとつ、いい仕事ができた。
「それにしても……」
わからないことがひとつだけある。御所様が三好屋敷に御成りになろうがなるまいが、今川家にとっては関係のない話だ。いや……むしろ、御成りが中止となり、三好が暴走して乱を起こした方が好都合とさえ思える。
それなのに、なぜ介入されることになったのか。
「どうしたの?まだ時間があるから遊ぶでしょ?」
「そうだな」
ただ、今は考えても答えは出ないはずで、それならと楽しむことは楽しむことにしたのだった。




