第33話 嘉兵衛は、クリスマスを計画する(後編)
天文23年(1554年)12月中旬 遠江国井伊谷城 松下嘉兵衛
コスプレの素晴らしさを理解してもらうべく、皆に熱く語ったものの……その熱意はあまり伝わらなかったようだ。
途中から少しずつ人は減っていき、最後は但馬守殿が俺の肩を叩き、「そろそろ俺も仕事に戻るな……」と、まるで可哀想な人を見るように言い残して、部屋から去って行った。そうなると、流石に俺もまだまだ伝えたいことがあったとしても、ここで打ち切りざるを得なかった。
「悔しいな……この素晴らしさが理解できぬとは……」
「仕方ないですよ。皆ただでさえ忙しいんですから。それに、嘉兵衛様だっていいんですか?こんな所で呑気に油を売っていると、その……チチクリマスでしたっけ、残業で開催できないのでは?」
「そうだなって、何がチチクリマスだ!クリスマスだ、ク・リ・ス・マ・ス!!」
まあ……乳繰り合う事には違いないけど、一応神様の誕生日を祝う日なのだから、そういう事は言わないのが大人の約束事だ。
しかし、藤吉郎の言う事は尤もな事で、少し熱くなり過ぎていたことを自覚して、俺自身もそろそろ仕事に戻る事にした。だから、方久が残していったこのお宝の片付けに取り掛かる。アイロンがないから、しわにならないように丁寧に折りたたまなければならない。
「ねえ、嘉兵衛。それ……なぁに?」
だが、そう思いながら片付け作業に取り掛かった所に、突然現れたのはおとわであった。しかも、前に連れてきていた圧力団体のお仲間たちも、なぜかご一緒だ。
「へぇ……変わった形をしているけど、これって着物よね?」
「あ、ああ……」
「それで、まさかと思うけど……これ、わたしに着せるつもりだったとか言うんじゃないわよね……?」
直感的に非常にマズいと思った。しかも、手に取っているのは、よりによってブルマであって……説明をしようにも、もう問答無用な雰囲気を醸し出していた。何しろ顔は真っ赤に染まっていて、頬は引きつらせていたのである。
だから、俺は先手を打って「そのとおりでございます」と土下座して、素直に罪を認めるとともに許しを請うた。そして……そのブルマはともかく、できたらクリスマスの日に赤いサンタ服は着てもらえないかなとお願いした。
「赤いサンタ服って……これのこと?」
「はい、そのとおりでございます」
「フトモモの上の方まで見せるのと、肩を思いっきり露出するのは気になるけど……かわいい着物よね?」
「お気に召して頂ければ、幸いにございます」
「……って、なに?その喋り方は……」
「だって、怒っているんじゃないかなと……」
そして、この期に及んでも往生際の悪い俺は、何とか機嫌を直して頂いて、クリスマスの日にこの衣装で熱い夜を過ごしてほしいと思っている。
すると、俺の想いが通じたのか、おとわは大きなため息を一つ吐いて「わかったわよ」と言ってくれた。
「おとわ様!?正気でございますか!こんな破廉恥な着物を纏われるなんて……」
「構わぬ。別に見せるのが嘉兵衛だけなら何も問題はない。だって……わたしの大事な恋人なんだからな……きゃっ!か、嘉兵衛……」
その頬を染めて照れながら言葉を繋いだおとわが愛おしくて、俺はつい抱きしめてしまったが、次の瞬間「皆が見ているから止めて」と言われて、名残惜しい気持ちを抑えて離した。
「もう……嘉兵衛ったら……」
「すまぬ。我慢できなかった」
「…………」
見つめ合う事数秒。その時がとても長く感じたが……
「あ、あのぉ……嘉兵衛様」
藤吉郎の言葉に、この場には俺たち以外にも人がいた事をもう一度思い出して、今度こそ平常心の回復に努めた。
「……それで、おとわ。このように皆で俺の所を訪ねてきたという事は、何かあったのか?」
「あ、え、ああ……その、澄酒造りの事で皆が嘉兵衛に相談したいと言っていてだな……」
何だろうと思っていると、彼女たちの代表としてお光さんが俺に言った。今月の納期について間に合いそうにないので、許してほしいと。
「え……そうなの?」
「申し訳ありません。その……人手が足りなくて、それでも頑張ってみたのですが、失敗が増えてしまって……」
人手が足りない理由を聞けば、正月も近いため、主婦層がそれぞれの家庭に戻り、その準備に取り掛かり始めたため、澄酒造りに参加できなくなったとか。そして、残っているのは未婚の女性ばかりで、その数は元の3分の1にも満たないと。




