第32話 嘉兵衛は、クリスマスを計画する(前編)
天文23年(1554年)12月中旬 遠江国井伊谷城 松下嘉兵衛
殿からもおとわとの交際を認められて、幸せいっぱいな俺であったが、実のところその余韻に浸ることはできていない。なぜなら、正月が明けたらこの井伊谷を去るため、仕事の引継ぎで非常に忙しいのだ。
「ああ、くそ……折角、彼女ができたのに、これじゃあ初クリスマスがぼっちになるぞ……」
「クリスマス?」
「……何でもない、藤吉郎。独り言だ、気にしないでくれ」
ちなみに、クリスマスという言葉は、この戦国時代にもたぶん伝わっているはずだ。何かで読んだけど……記憶が正しければ、確か松永弾正がこれを理由に休戦したはずで。
ただ、性なる夜になったのはずっとずっと未来の話だ。それに、12月とはいっても旧暦だから、たぶん本当のクリスマスとはズレていると思う。
でもでもでも、だ。恋人と過ごす日々には気分というのは非常に大事で……だから、こうやって引継業務に追われても、隙あらば二人きりでお祝いできないかと狙っている。
「嘉兵衛殿、これはどのようにしたら……」
「但馬守殿、それはですな……」
それゆえに、説明は一度で終わる様にと用意したマニュアルに沿って丁寧に行う。ここで手を抜いては、結局仕事が増えかねないので要注意だ。
「嘉兵衛殿。今、瀬戸屋が注文の品を持参したと……」
「来たか!」
そして、カップルになって初めての記念すべきクリスマスを……ただイチャイチャするだけではもったいないと思う俺は、特別なアイテムを瀬戸屋に頼んで用意してもらう事にした。
「どうします?別室にお通ししましょうか」
「そうしてくれ。すぐに行くから」
「畏まりました」
さて、仕上がり具合はどうであろうか。ワクワクドキドキしながら、「少し席を外すから」と皆に伝えて俺はこの部屋を離れる。しかし……
「藤吉郎、今度は何を頼んだんだ?嘉兵衛殿は……」
「さぁ……某にも内密に進められたようでして……」
但馬守殿も藤吉郎も、さらにこの場には他にも数名の文官もどういうわけか、俺の後ろをついてきて、共に方久殿が通された部屋に入って来た。
「いや、何でついてくるのさ……」
「だって、嘉兵衛殿はいつも面白いことを考え出されるからな。今回は何をしているのかなと」
「別に疾しい物じゃなければ、構わないでしょう?」……と続けた但馬守殿に、そんな暇があるのならば、さっきの部屋に戻って仕事を続けてくれと言いたいが……たぶん、言っても一度付いた好奇心の火は消えることはない。俺だって逆の立場ならば、きっと同じにとをするはずで。
だから、仕方ないと諦めて……同席を認めることにした。
「で、では、こんなにも大勢の前でお見せするのは緊張しますが……どうぞ、お改め下さいませ」
方久が開いた包みの中には、衣服が何点か入っていた。その中でもひと際目につくのは……やはり、真っ赤なサンタ服であろう。
「頼んでおいてあれだが、正直これの完成は難しいと思っていたのだが……よくぞここまで仕上げてくれたな」
「お褒め頂き恐縮ではございますが、実はこの品。発注した職人によれば、同じ物を頼まれた方がすでにおられたそうでして……」
「同じ物を?」
それは一体誰だと思っていると、方久は答えた。「三好家の松永弾正様です」……と。
「それって、もしかして……」
「ええ……何でも、ひと月前にご側室様に贈られたそうですよ。クリスマスの日にこれを着せてするのが『通』なのだと言われて……」
その答えにもしかしたら松永様は、俺と同じ転生者なのかと疑惑を抱くが……続けて披露してくれた品は未開発だったことを聞いて、俺は考える。
何しろ、目の前には俺が前世で赴任してきた歴代校の女生徒が着用していた夏・冬の制服と体操服、さらにはメイド服やナース服が並べられているのだが、同じ転生者だとして、サンタ服を作ろうと思う程の『通』が手を出さない選択肢などあろうのだろうかと。
「いや、あり得ないな」
これらの服には、現代社会を生きる男のロマンが詰まっているのだ。もし弾正が転生者なら、俺の出る幕なんてない程にコスプレグッズが、『青少年保護条例』とか『淫行』などといううるさい言葉がない、この戦国の世に溢れているだろう。
つまり、松永弾正は転生者ではない。シロというわけだ。
「それにしても、どれもこれも見事な出来だな……」
「いや、嘉兵衛。これをとわ姫様に着せるつもりなのはわかるのだが……何がそんなに見事なのかな?我々にもわかるように説明して貰いたいのだが……」
まぁ……これが、戦国男子の本来の反応だ。俺は仕方なく、これはどういう物なのかを暫く熱く語ったのだった。




