第28話 嘉兵衛は、腹黒和尚と決着をつける
天文23年(1554年)11月下旬 遠江国井伊谷城 松下嘉兵衛
乱れた衣服を整えて、あと……気持ちを整理して正座しながら待つこと四半時。和尚は約束通りに姿を見せた。ただ、あちらも気持ちの整理をつけて来たのか、さっき見た怒りの炎はその目から消えていた。
「それで……いつからなのだ?そういう関係になったのは」
告白は先日したし、場合によっては駆け落ちする約束もしていたけれども、和尚が指摘した身体を重ねる関係になったのは今日が初めてだ。もっとも、未遂だったから……そういう関係になり切っているかどうかはわからないけど。
しかし、おとわはパットを詰めた胸を張って答えた。「2か月ほど前からよ!」……と。
「おいおい……」
「嘉兵衛、こうなったらもう隠しても無駄よ。和尚様、わたしと嘉兵衛はその日、洞窟の中で初めて契りました。今まで黙っていてごめんなさい!」
さらに、わざとらしく吐く素振りも見せた。「悪阻が……」とか言っているが、はっきり言おう。演技が下手くそだ。
「……それで、嘉兵衛殿。本当のところは?」
「さっき、初めてそのような関係になりかけました。告白はして、一緒になりたい想いは伝えてありましたが……」
「そうか……」
「か、嘉兵衛!?は、恥ずかしいからって誤魔化さなくてもいいのよ!ほら、お腹にはあなたの子が……」
おとわの下手くそな演技はまだ続いているが、そんな様子に俺も和尚も大笑いした。そして、「もうそれはいいから」と促して、俺は本題に入る。「ただ……俺は本気でおとわをもらい受けるから」と宣言して。
「ならば、これからの道筋をお主はどう考えておる?」
「おとわには、駿府におられる関口刑部様の養女になってもらいます。どうやら、俺は誰か様の御計らいにより、来春からはそちらにご厄介になるそうですし……今川家で手柄を立てた上で妻に迎えようと思います」
「なるほど……それで、但馬守の使いが駿府に向かったのじゃな?」
ふぅ……流石は和尚というわけか。この様子ならば、我らの企みなど始めから気づいていたのかもしれないな。
「しかし、和尚にとっても井伊家にとっても、そう悪い話ではないかと存じますが……?」
「そうじゃな、確かに悪い話ではない。儂が懸念していたのは、駿府の犬がおとわの婿となり、儂らの井伊家を乗っ取る事であったからな。関口殿の娘としてそなたに嫁ぎ、井伊家の内情にこの先口を挟まないのであれば……もう一度言うが、悪い話ではない」
「ならば……」
和尚と俺の利益は一致しているのだ。これ以上争う必要はなく、手を結ぶ事ができるとこの時は思った。しかし……
「じゃが、それでは何だかとっても腹が立つ!それでじゃ……どうしてもおとわが欲しいのであれば、儂の屍を越えて行くがよい!」
和尚はそう宣言するなり、傑山さんから投げられた木刀を受け取り、俺に向けて構えた。
「和尚……言っておきますが、俺は強いですよ?」
「ぬかせ、文官風情が!!それより、さっさと剣を取らぬか!」
「必要ありませんよ」
「ふん!年寄じゃと思って甘く見るか。このうつけものが!!」
そういえば、この城は脳筋ばかりだったなと思いだして、和尚の鋭い攻撃を紙一重のところで交わした。もっとも、紙一重とはいってもこれは作戦。次の瞬間、懐に潜り込んで……そのままの勢いで背負い投げた。
「ぐほっ!」
そして、手放した木刀を掴んで、あおむけになった和尚の喉元に突きつけた。「まだやりますか?」と言い放って。
「ま、参った……」
「では、これにて屍は越えたという事で、俺の言うとおりにしてくださいね?」
流石に和尚も文句は言わなかった。今後は、全面的に俺たちの計画に協力すると約束してくれたのだ。
「それにしても……文官としての才、商人としての才もありながら、武の才にも恵まれるとは……お主何者だ?」
答えは、前世で不幸な末路を辿った高校教師なのだが……流石にそれを言うわけにはいかない。だから、代わりに答えることにした。「おとわのお婿さんです」……と。




