第26話 嘉兵衛は、騒動の後始末に取り掛かる
天文23年(1554年)11月下旬 遠江国井伊谷城 松下嘉兵衛
おとわの断罪シーンには関わる事ができなかったが、何があったのかは亀之丞様から伺った。何でも和尚がお怒りで、おとわにこの不始末の責任を取らせて尼にすると言ったとかで。
「まさか、このような事になるとは。もしかして、俺……しくじったのかな?」
だから、こうして亀之丞様は落ち込まれているが、俺としたら何も問題はなかったりする。まだまだ想定の範囲内に留まっているし、それに尼になったとしても、永久脱毛薬でも開発されない限り、髪は伸びるのだ。
むしろ、尼になってくれた方が監視の目も緩やかになるし、駆け落ちしようと思うのならば、こちらの方が実は好都合だったりする。
「……とはいえ、本当にこのまま尼になるのを待つつもりではないよな?」
「但馬守殿、当たり前じゃないですか。それでは、本当に駆け落ちの選択肢しかなくなりますからね。父君や母君にも会えなくなるわけで、それはあくまでも最終手段ですよ」
そして、俺は藤吉郎に「予定通り始めるように」と命じる。即ち、これからおとわの御乱行は、その実、小野和泉守から二人を守るための『苦肉の策』であったという噂を広めてもらうのだ。
「上手く行くかな?」
「大丈夫ですよ。藤吉郎の能力からすれば、その程度の事は容易き事ですからね。何も心配は要りません」
「いつも思うのだが……物凄くあやつのことを信じておるのだな……」
「はい」
但馬守殿は恐らく呆れているのだろう。そのような事では、いつか痛い目に遭うぞとでも言いたそうでもある。
だけど、俺は一度死んだ身だ。おまけの人生だと思えば、例えこの先藤吉郎に裏切られて命を落としたとしても、後悔はないと思って生きている。だからこそ、俺はブレない。この人生はどこまでも藤吉郎と運命共同体だ。
「しかし、嘉兵衛。噂を流して皆が信じれば、おとわの名誉はある程度回復するだろうが……流石に和尚の態度からすると、無罪放免というわけにはならぬのではないか?」
「そうですね……尼になれとまで言い出すとは、正直なところ某としても驚きました……」
とはいえ、想定の範囲内だ。少しハードになるとは思うけど、これに対する解決策を二人に披露した。それは、俺がこれからご厄介になる関口家の養女におとわを推すことだ。
「関口家の御当主・刑部少輔(氏純)様のご内儀様は、殿の叔母上にあたるとか。但馬守殿、お願いする事はできませぬかな?」
実現できれば、和尚が懸念している俺とおとわの子が他日、井伊家の家督を亀之丞様の息子と争う事態は避けられる。これならば、和尚も考え直してくれるかもしれない。
「なるほど……それは確かに妙案だ。但馬守、頼めるか?」
「承知しました。内々に承諾を頂けるように手を打ちましょう」
「よろしく頼む」
まあ、そうなると婚礼は少し先になるなと思った。まずは来春、俺と共に駿府に行き、おとわは関口家に一先ず入らなければならないのだ。婚約くらいはできると思うが、祝言となれば家の体裁とかあるから、半年ないし1年は先になるだろう。仕方ないけど、残念だ。
「それと、嘉兵衛。この件は一度おとわに言っておいた方が良いと思うが……」
「そうですね。その様子だと、すでに暴走寸前なのですね?」
「ああ……並の兵士では抑えきれないからな。今は傑山ら屈強の僧兵が逃げ出さないように見張っている。ただ、それもいつまで持つかはわからないとも……」
あれほど俺を信じて待っていてくれと言ったのに……一体何をやっているんだと思うが、こうなったら仕方がない。
「会う段取りは付けて頂けるのでしょうな?」
「もちろん。その辺りは、和尚を抜きにして傑山と話を付けてあるから心配しないでくれ」
もっとも、昼間は人目があるから、夜に忍び込む形式をとって欲しいと亀之丞様は言った。




