第24話 おとわは、何も事が起こらない現状に苛立つ
天文23年(1554年)11月下旬 遠江国井伊谷城 おとわ
嘉兵衛から告白されて、「何があっても信じて待ってくれ」と言われて、早半月が過ぎようとしている。だけど、未だ何の動きはない。
「あ……嘉兵衛」
しかも、こうしてお城でわざとすれ違っても声を掛けても、返ってくるのは形ばかりの会釈だけ。本当に何なんだろうなと思う。待てと言われたから待っているのに、その態度はどういうことなのかと!
「姫様、お早く。婚礼の衣装合わせが……」
「わかっているわよ!さっさと行けばいいんでしょ!」
だから、八つ当たりをしても仕方ないけど、どうしてもこの行き場のない怒りをこう言った侍女たちにぶつけてしまう。すると、「やはり」とか「あの噂は」とかいう声が遠巻きでこちらを見ている連中からまた聞こえてきた。
一体何なのよと思いながら……聞こうとしてもみんな逃げるから確認もできず、今日もこうして望まない婚礼に向けて毎日を消化している。ああ、とっても憂鬱だ。
「ちょっと!もう少しニッコリできないの?それじゃあ、折角の衣装が台無しじゃない!」
そして、不機嫌な中で行われた衣装合わせも、このように母上から文句を言われて大不評だ。
「何が気に食わないのよ。待ちに待った亀之丞との婚礼……楽しみじゃないの?」
楽しみなんかじゃない。できることなら、今すぐにでも嘉兵衛の屋敷に行って、そのまま逃げ出したい。だけど、それは許されないし、待ってくれという嘉兵衛の言葉を信じて我慢しているのだ。この衣装合わせだって好きでやっているわけじゃない。
「まあ、いいわ。打掛はこれにしましょう。あと、かんざしだけど……」
「お方様、これなどは如何でしょうか?堺から取り寄せた逸品にて、お値段は張りますが……姫様の門出を祝うには良き品かと」
「おとわ。あなたはどう思う?わたしは似合うと思うけど……」
「え、ええ……そうですね」
そうだ。もうやけになって、素っ裸でやると言おうかしら。例えば、馬鹿には見えない着物を纏っているとか言って。それなら、頭がおかしくなったと思われて婚礼は取りやめに……。
「いや……いざとなれば、尼になろう。そうだ、それしかないわ!」
「尼!?」
「な、何でもありませんわ!ただの独り言ですから!」
やばいやばい、心の声が漏れてしまったわ。でも……駆け落ちもできず、嘉兵衛と一緒になれなかったら、本当にそうしよう。尼になるには、短刀で髪をバッサリ下ろせばいいのだから簡単だし。
「それにしても、本当に井伊家は裕福になられましたな。金に糸目を付けぬからと大殿様に言われた時は驚きましたぞ。いつもは予算がどうの……でしたからな」
「そうでしたね。わたしの時も色々とケチられて驚いたものですわ」
「それはやはり、最近評判の勘定奉行殿のおかげですかな?」
全くもって、そのとおりだ。嘉兵衛がこうして褒められて、わたしも誇らしく思う。初めて会った時は、あまりに理不尽な事を言う男だと思っていたけど、頭がいいだけではなくて剣も強くて、しかもとってもやさしい。
それに何と言うか、大人の包容力があるというか……わたしの我儘も受け止めてくれるし、自分でも何を言いたいのかわからないけど、とにかく一緒に居て心が弾むのだ。それだけに、勇気を出して駆け落ちしようと誘って断られた時は、本気で落ち込んだものだ。
「おとわ?」
でもでもでも!あんなに熱烈な愛の告白……あれは本当に嬉しかったわ!!
「おとわ、さっきからどうしたの?急に泣きそうな顔をしたり、嬉しそうな顔をして……」
「な、何でもないわ!」
い、いけない。嘉兵衛に言われていたけど、わたしは本当に思ったことが顔に出てしまう。
「おとわ!おとわはいるか!!」
「殿!?」
だけど、そんな事を考えていたところに、部屋の外からドタバタと足音が近づいてきて、そして……父上が現れたのだ。
「どうかされましたか?」
「大変な事が起きた。とにかく、おとわもおまえもすぐに広間に来てくれ!」
一体、大変な事とは何なのだろうか?だけど、断る事も出来ずに、わたしは母上と共に父上に命じられるまま、広間に向かったのだった。




