第183話 嘉兵衛は、寧々を尋問する
永禄3年(1560年)5月下旬 尾張国那古屋城 松下嘉兵衛
この那古屋城は、義元公のお父君である氏親公がかつて尾張に勢力を伸ばされていた頃に築城された城で、22年前までは今川一門の氏豊様という方が城主を務められていたという。
そのため、この城は今川家にとっては非常に重要な城であり、戦後処理においては今川一門のどなたかを入れて、尾張支配の要とすることが決まっていた。誰が城主に選ばれるかは……先日、堀越殿と瀬名殿が改易となったため、再検討が必要になったけれども。
しかし、それはあくまで清洲城を押えて、尾張全域を今川家の支配下に置いてからの話だ。
「それで朝比奈様。清洲城は今、どれくらいの兵がいるのですか?」
「わからん。城から逃げて来たという者から聞いた話では、城を乗っ取ったのは竹中半兵衛とその手勢十数名ということだが……」
朝比奈様は、「そんな馬鹿な事があると思うか?」と笑って、その証言は我らを欺き、誘い出すための罠だと断じた。信長の話では、留守居の兵としてそれでも2百の兵は置いてあったというし、あり得ないと。
ただ、俺は知っている。その竹中半兵衛が俺の知る前世において、稲葉山城をたった17名で乗っ取ったという故事を。
「それで……その証言をしてくれた者は、今は……?」
「腹が痛くて動けないという事なので、監視を付けた部屋で養生をさせている。今のところ、斎藤の手の者と接触した様子はないし、不穏な動きをした形跡もないが……会われるか?」
「ええ、できれば会って、直接話を聞ければと……」
「わかった。では、共に参るとしよう」
朝比奈様は完全に斎藤の工作員だと思っているようだけど、結論を出すのは時期尚早だ。
そして、案内された部屋に入ると、横になっている大柄な若い男の側に座って、甲斐甲斐しく濡らした手ぬぐいを絞っては看護している女の子の姿を確認した。
「えぇ……と、やっぱり身体を拭くなら、し、下も拭かないとダメよね……?」
もっとも、顔を真っ赤にして、何やらブツブツと悶えながら、悩んでいるようだけど。
「寧々殿。前田殿は眠っているのか?」
「わぁあっ!」
決して物音を立てないように忍び足で近づいたわけではなかったのだが、その寧々という少女は朝比奈様の呼びかけに驚いたようで、手にした手ぬぐいをつい放り出してしまった。ちなみに、その手ぬぐいは……その前田殿の顔にぴしゃりをいう音を立てて直撃した。
「う、う〜ん……あ、これは朝比奈殿。失礼しました。どうやら、些か眠っていたようで……」
「お気になされるな。それより、お腹の具合は如何か?」
「まあ、まだ少し傷みますが、頂いた薬が効いたようで、少しずつは……」
なお、朝比奈様が前田殿に渡した薬というのは、次郎三郎が瀬名姫対策として調合した特製の胃薬だ。俺も万一に備えて持っているが、ヤバい料理を口にしても、これがあればひとまず安心の代物だ。
「それで、今日は一体どういったご用件で……」
「こちらは、今川家の惣目付である松下大蔵少輔殿であるが、清洲城の事について、貴殿から話を伺いたいという事で連れて来たのだ」
その上で、こうして紹介を受けた事で俺からいくつか質問をする。まずは、どのような過程で清洲城が乗っ取られたのかという事についてだ。
「朝飯を皆で食べていたところ、珍しい色をしたキノコが味噌汁に入っておりましてな。不思議に思いながら飲んでいると、次第に周りにいた仲間たちが口から血を吹き出して、倒れ初めまして……」
前田殿はそう言いながら、ちらりと寧々殿に視線を送った。すると、今度は寧々殿が気まずそうにして証言した。そのキノコはたぶん自分が持っていたものだと。
「その話は初めて聞きましたが、一体どういう……」
「朝比奈様。昨夜、この寧々殿が打ち明けてくれたのですよ。おそらく、寝ている間に盗まれて味噌汁に入れられたと。いやあ、某もあのキノコの出どころはわかりませんでしたから、謎が解けてスッキリした気分です!」
いやいや、勝手にスッキリしないでもらいたいと思わないでもないが、要するに寧々殿の持っていたキノコは毒キノコで、それを清洲城の兵たちが一斉に食したことで、少人数でも城の乗っ取りができるほどに機能不全に陥ったという事か……。
しかし、何でそんな物を持っていたんだ?




