第181話 義龍は、援軍を送れず
永禄3年(1560年)5月中旬 美濃国稲葉山城 斎藤義龍
尾張清洲城からのろしが上がったと……この広間に知らせが届いた。半兵衛との間で決めていた手筈では、すぐに兵を送る事になっていたのだが……
「兵を送ってはなりません!武田がこの美濃に攻め込んでまいりますぞ!」
「何を言われるか!この機に尾張を獲らなければ、いずれにしても今川が攻めてくるのですぞ!」
「ふん!今川が攻めてくるとしても、何年先の事だ?尾張を得たところで、まずは領地を安定させようとするであろうが。武田はすぐに攻め込んでくるぞ!」
「武田が攻め込んでくると言うが、それは本当に事実なのか?越後の長尾が居る以上、美濃に兵を送る余力はないと思うが?」
「じゃあ、隼人正殿はなぜこの稲葉山に出仕されぬのだ!召喚状は送ったはずだよな?」
喧々諤々。俺が尾張に兵を送った隙に、長井隼人正が武田を引き込んでこの美濃を奪うという噂話がきっかけだが、それ以来いつもこの調子で家中の意見は割れていた。噂話を否定して作戦を遂行しようとする者と、噂話を信じて中止を求める者と……。
「もう一度、使者を送って……」
「馬鹿な!そのような時間があるか。その間に折角奪った清洲城を失ったらどうする!」
ちなみに、隼人正が出仕しない理由は何となくだが察している。道三を討った後、明智を許すように求めてきたのを俺が拒んだからだ。罪滅ぼしだと言って、明智庄の代官を任せて欲しいと求めてきたからこれを認めたが……それだけではきっと不十分だったのかもしれないな。
ならば、武田に通じる可能性は否定できないか……。
「遠山殿に国境の様子を聞きに行ったのであろう?それでどうだったのだ」
「遠山殿は、特に何も異常はないと……」
「ならば、やはり噂は出鱈目という事だな……」
「そうとは限るまい。武田が遠山殿に甲州金を握らせて、そう言わせている可能性も……」
「飛騨守。それは流石に無礼であろう」
「左様。そのような証拠があるのか?」
「ですが……」
そうだな……証拠がなくても、事実である可能性は否定できない。もっとも、口に出していい事ではないがな。
「飛騨守。口を慎め」
「承知しました」
「しかし……兵を送らねば、竹中殿は危ういのではないのか?」
「左様左様。彼の者はこの美濃の未来にとって、失うのは大きな損失と心得るが……」
「ならば、撤退を命じればよいではありませんか。そうすれば、失う心配はございませぬぞ」
「ですが、城をすでに奪っているからのろしが上がったのですぞ!それを手放せと半兵衛に言われるのか!!」
……だが、武田に対する不安がある一方で、俺の中には尾張を得たいという野心がある。それゆえに、何とか兵を送る事ができないかと考える。賛成派は……
「伊賀守(安藤守就)、それに常陸介(氏家直元)」
「「はっ!」」
「清洲へはそなたらの手勢のみで行ってくれ。合わせたら、千か2千は出せるだろう?」
「……畏れながら、それでは焼け石に水かと」
「左様左様。今川は2万を超える大軍と聞きますぞ。最低でも1万は派遣しなければ……」
「待て。1万も兵を送れば、美濃は手薄。武田が攻めて来るぞ?」
「ならば、稲葉殿は半兵衛を見捨てろと申されるのかぁ!!」
「だ・か・ら!儂はさっきから撤退させろと言っているではないか!!」
はぁ……またまた何でこうなるのかな。しかし、この様子ならば、やはり兵を出すことはできぬし、半兵衛は撤退させるしかないか。
「殿……いずれにしても、半兵衛が清洲を抑えたとなると、決断を下さなければなりませぬぞ」
「わかっている。そして……皆の意見を聞く限り……うっ!」
「殿……?」
「あ、頭が痛い……割れる……」
「殿!?」
「誰かぁ!医者を!!」
ああ、決断しなければならないというのに、頭が痛いし……瞼が重い。すまぬ、半兵衛……あとはなんとか頑張ってくれ。




