第180話 森三左は、信長の真意を聞く
永禄3年(1560年)5月中旬 尾張国桶狭間 森可成
不覚にも銃弾を腹に受けた衝撃で気を失っていた。幸いな事に急所を外れていたようで、隣に転がっていた奴からはぎ取った褌で止血したら、立ち上がる事ができた。ちょっと臭いけど……それは我慢だ。
なお、どれほど時間が経ったかわからないが、桶狭間山には未だ今川の旗が立っている。つまり、作戦は失敗に終わったということだ。
ならばと、俺は槍を杖代わりにして、再び前へ前へと進み始めた。手遅れかもしれないが、せめて武士としての意地を示すために。
「織田上総介が家臣・森三佐衛門尉、見参!今川の者共よ、さあかかってきやがれ!!」
そして、閉ざされた門を前に大声でそう叫んだのだが……しばらくするとなぜか門が開いた。それゆえに、これは罠かと思いつつも、どうせ死ぬつもりだから構わないかと再び前へ進み始めると……そこには殿と権六殿、それに勝三郎殿が現れて、俺を迎えてくれた。
「もう戦う必要はないから」とお三方共に苦笑いを浮かべられて。
「戦う必要はない?それは……」
「三左。いくさは我らの負けだ」
それから殿は、俺が気を失っている間に何があったのかを教えてくれた。この砦に乗り込んで、殿が囮になっている間に権六殿が本陣を突いたが、そこには義元は居なくて……その末に奮戦空しく逃げ場を失い、降伏したのだと。
「降伏って……最後まで戦われなかったのですか?」
「戦おうと思ったが、俺も権六も撃たれて動けなくなった。言い訳に聞こえるかもしれぬが……勝機を失った以上は、兵の命をやたら散らすわけにもいかぬ。まあ、そんな事をこの勝三郎が言い出してな。こいつが勝手に降伏したのだ」
「殿!?」
「……事実であろう。俺は本当のことを言えば、最後まで戦って死にたいとも思っていたのだ。それなのに……」
ギロリと勝三郎殿を睨みつける殿の顔には悔しさが滲んでいた。言い訳に聞こえないわけではないが、本当の所はそのとおりなのかもしれない。
「それで……降伏されたということですが、これからどうなるので?」
「今川はどうやら俺の才能を高く買っているようでな。清洲城とその周辺10万石を安堵するから仕えよと言ってきたのだ」
その上で、殿は無念であるがこの条件を受け入れたと告げた。生きてさえいれば、いずれまた機会が巡って来るから、それまでの辛抱だと。
「しかし……殿」
「なんだ?」
「その機会が果たして巡ってくるのでしょうか?」
安堵された10万石の領地には、織田家の財源として大事な津島も熱田も入っていないという。石高も四分の一となった上で、その二つの港町まで取り上げられたら、浮上の機会など果たして得られるのだろうか?
「わからん。わからんが、拒めば織田家はお仕舞いだった。そう思えば、機会を得る可能性がわずかでもあるだけでも儲けものだと思わぬか?」
確かに、確かに殿の言われる通りかもしれないが……その決断はあまりにも情けないような気がする。ここまで織田家のために戦って散っていった者たちの想いを考えたら、流石に俺は頷くことができない。
ただ、その思いが顔に出たのだろう。殿は俺に「不服か?」とお訊ねになられた。
「はい……正直な気持ちを申し上げたならば……」
「であるか。ならば、少し耳を貸せ」
そう言われた殿は、周囲を見渡した後に俺の耳元で囁いた。「今川は跡取りに不安があるから、義元が死ねば、その機に乗じてその権力を奪うことは可能だろう」と。
「そ、それは……真の話なので?」
「そうだな……今川の親戚筋である堀越左京大夫と瀬名左衛門佐の言葉をそのまま信じれば、真の話だろうな。もっとも、そやつらは先程腹を切らされたがな……」
「殿!」
いや、今は真面目な話をしているのだから、茶化さないでもらいたいのだが……はあ、ダメかな。ダメならいっそ……他の大名家に転職する事も検討するべきか?
「まあ、聞け三左。ただな……」
「はっ……」
「我らがいくさで今川に負けた事実は、どうやっても変える事はできないのだ。ならば、是非もないだろう?我らは最善の手を見つけて前へ進んでいく。そして、織田家を再び大きくする。それが俺の……このいくさで散った者たちへの餞になると思うのだ」
殿の手は固く握られていて震えていた。口ではそう言いながらも、悔しさは完全に抑えきれないようだ。権六殿などは、その熊のような顔を涙で濡らしながら、その場に膝をついた。勝三郎殿も同様だ。
「だからな、三左。不満はあるだろうが、もう一度俺に力を貸してくれぬか?」
そんなお三方の姿を前にして、否も応もない。俺は膝をついて、今後もお下知に従うことを明言した。いつか必ず……殿を天下人にするために、これからもこの槍を捧げると。
「頼みにしているぞ、三左」
「はっ!」




