第178話 嘉兵衛は、桶狭間の決戦に臨む(6)
永禄3年(1560年)5月中旬 尾張国桶狭間山 松下嘉兵衛
「よいか!これが最後のご奉公ぞ!太守様の首を敵の手に渡すな!!」
「「「「おう!」」」」
ここには200程の兵が居るのに、その割にはなんだか声が小さい。やり直しを要求したい所だが、これは練習ではなく本番だ。あとは、敵が信じてくれることを願って、俺たちは段取りに従って動き始める。
ちなみに現れた敵の数は50人程度。先頭に立つのは、弥八郎の銃撃をかわした熊男だった。
「もう一押しぞ!義元の首を必ず取れ!!」
「「「「おう!!」」」」
数は織田方の方が少ないというのに声は我らよりも大きいのは勢いの差か。たぶん、相手はそんな事を思っているのだろうが……それより、まずは攻守を入れ替えるべく、適度に戦った後に俺たちは左右に散った。
「おい、逃げるな!戦え!太守様へのご恩を忘れたかぁああ!!!!」
そして、そう言いながら俺自身も逃げた兵たちの後を追って、小屋の前から左へと駆け出した。すると、熊のような男は先頭に立って、燃え上がる小屋の中へと威勢よく踏み込んでいった。誰もいないというのに……。
「どこだ!どこにいる!?義元ぉ!!」
ふふふ、傍から見たらコントでもやっているように見えるけど、敵も味方も命がけでギリギリの勝負を繰り広げている。俺は織田兵が中に踏み込んで探索している間に兵たちを再編成して、逆に小屋を包囲した。
「よいか。手筈通り、出てきた者から確実に仕留めろよ」
「「「「はっ!!」」」」
鉄砲はないので、弓を構えさせてその時を待つ。すると、ようやく騙された事に気づいたのだろう。織田の兵たちは一人また一人と呑気に小屋から出てきた。そこに矢の雨が降り注いだ。
「おのれ!謀ったなぁあああ!!!!」
熊男が悔しそうに喚いているが、小屋から一歩でも足を踏み出せば、矢の餌食だ。
「どうする?降参するなら、おまえと将兵の命は助けるが……」
「うるさい!だれが、降伏などするかぁ!!」
「そうか。それなら、そこで焼け死ぬんだな」
だが、勝ち誇っていたのもここまでだった。熊男は配下の兵たちを盾にして、俺たちの方に突進してきた。放たれた矢は盾となった兵たちに突き刺さったが、この非情な作戦が功を奏して、熊男は配下の兵たちと共に包囲を突破して、坂道を下って行った。
「向かう所は……信長の所か!!」
合流されたら、きっと義元公がここにいないことを知らせるはずだ。そうなれば、信長もここから脱出を図るに違いない。それまでに、松井殿や飯尾殿の兵が駆けつけてくれたらよいのだが……ここから見える限りは、まだ今少し時間が掛かるように思えた。
「追え!この先に居る信長共々、絶対に逃がすな!!」
のちの政権構想を思えば、できたら生け捕りが望ましいが……ここは戦場だ。今は討ち取っても仕方ないと思っているし、その場合のプランも考えている。
だから、今は全力で信長を目指して、皆と共に坂を下る。
「嘉兵衛!」
「おとわ!?なんで、ここに……」
「えへへ、来ちゃった」
ただ、乱戦会場に足を踏み入れたところで、おとわに声をかけられて……何をやっているんだと頭が痛くなった。「来ちゃった」じゃないだろうと……。
「危ないから、真田丸へ戻れよ!」
「いやよ!あそこにいてもやることないし、暇なのよ」
「暇って……遊びに来ているわけじゃないんだぞ?」
「わかっているわよ。だからね、何かお仕事ないかしら?」
お仕事ねぇ……。
「それなら、目立たない場所からあそこで戦っている大将を撃ってくれないか?殺してもいいけど、できたら足とかに当てて、動けなくしてくれたら助かる……」
「了解。任せて」
まあ、動かない的ならともかく、流石に獅子奮迅の戦いを見せる信長を仕留める事などできぬだろうと……俺は高を括っていたのだが……
「うぐっ!?」
「殿ぉ!!」
おとわは見事に信長の太ももを撃ち抜いて、足を止める事に成功した。ならば……この好機を逃す選択肢はない。
「捕らえよ!信長を捕えるのだぁ!!」
続いて、調子に乗ったおとわが今度は熊男の腕を撃ち抜いた。そうなると、信長を守る盾は薄く……そこに松井殿の兵が駆けつけた事もあって、やがて俺からの呼びかけに側近の池田勝三郎が応えて、織田軍は降伏した。
桶狭間の戦いは、こうして史実に反して我らの勝利に終わるのだった。




