第176話 信長は、桶狭間に突撃する
永禄3年(1560年)5月中旬 尾張国桶狭間 織田信長
中島砦を出て、事前に話を着けておいた高根山や生山の側を無傷ですり抜けると、今川義元が本陣を置く桶狭間山がいよいよ視界に入った。
「あれか……」
「山頂には、赤鳥の旗が見えます。今川本陣に間違いありません」
もちろん、我らの動きに気づいた武侍山に陣取る今川勢の妨害はあったが、森三左が率いる別動隊が北から入ったため、そちらにも兵を分散させたようだ。向けられた兵の数も数百程度で……ゆえに、突破はそれほど難しい話ではなかった。
「いいか、皆の者!狙うは義元の首、ただ一つぞ!他の首など打ち捨てろよ!!」
「「「「おう!!」」」」
「では、全軍……突撃だぁあ!!!!」
武侍山の傍を抜けると、盆地に出た。正面の桶狭間山まではまだ距離があるが、我らの行く手を阻む軍勢はどこにもいない。全速力で前へ前へと突き進む。
そして、三左の別動隊も数は半分に減らしているようだが、我らに呼応するかのように砦の北側に迫っているのが見えた。
「殿、森殿より伝令!北側正面の兵は引き受けるので、西側側面の搦め手より、砦内へ攻め込まれたしとの事です!」
「相分かった!」
ふふふ、半兵衛が立てた作戦通りにここまでは進んでいる。手の者に調べらせたところ、砦に籠る今川本隊はおよそ3千。一方でここにいる我らの兵は6千余。ゆえにこのまま推し進めれば、勝てると思った。しかし……
パパーン!パパーン!パパーン!
その時、砦に向かって突き進む我らの耳に、大きな音が届いた。そして、その音が聞こえてきた東の方向を見ると……三左の兵が次々と崩れていく様子が窺えた。
「あれは……鉄砲……」
「だが、勝三郎。鉄砲はあのように連射はできぬ筈では?」
パパーン!パパーン!パパーン!
昨年、上洛したついでに堺に立ち寄って、俺も鉄砲なる新しい武器がどのような物なのかを確認している。威力は凄いが、なにせ一発の弾を発射するまで色々と準備に手間がかかる代物だったのだ。間違ってもあのように途切れることなく撃ち続ける事などできるものではない。
パパーン!パパーン!パパーン!
ただ、そんな事を言っている間に砦から放たれる鉄砲は撃ち続けられて、別動隊は瞬く間に壊滅した。大将の三左の姿も退いたのか、それとも撃たれたのかはわからないが、もうどこにも見当たらない。なぜだ……なぜ、今川は鉄砲を連続して撃てるのだ?
「殿……」
「ええい、怯むな!後ろに道無し!我らはこのまま突き進むぞ!!」
別動隊の全滅で計画に狂いが生じたが、それでもまだ兵力においては我らの方がはるかに勝っているのだ。犠牲を承知で突き進めば、それでもまだ勝機はあると俺は判断して号令を下した。
パパーン!パパーン!パパーン!
それに、三左の別動隊をなぎ倒した今川の鉄砲隊は、あくまで正面の敵に対しての備えだったようで、側面を通る我らへの攻撃はそれほどでもなかった。多少の犠牲は出たけれども、ついに砦の中へと侵入する事ができた。
「織田上総介、見参!義元、出会え!出会え!!」
まあ、出て来いと言って出て来るはずはないが……
「織田上総介だと……?」
「敵の総大将じゃないか!」
「討てば、大手柄じゃあ!!」
とにかく、こうして今川兵の耳目を俺に集める事で本陣までの道を作る。
「権六、任せたぞ!!」
「承知っ!!」
そして、兵たちが持ち場を離れた事でできた隙をぬって、権六らが坂道を駆けあがっていく。その先にあるのは赤鳥の旗。今川義元はそこにいると思われる。
「よし、残る者は俺と共にここで踏ん張れ!権六が義元の首を挙げるその時まで……ここが正念場ぞ!!」
この先にも今川の兵は大勢いるだろうが、ここで俺たちが食い止めれば、義元の周りに加勢は訪れない。権六に預けた兵2千が残る敵を排除して、義元を討ち取れば……我らの勝ちだ。




