第166話 嘉兵衛は、策を練り直す
永禄3年(1560年)4月下旬 三河国岡崎城 松下嘉兵衛
この戦国の世は、とにかく舐められたらダメだ。舐められたら、頼りなしと味方は離れていくし、敵がこちらに寝返ってくれることもなくなるわけで。
だから、義元公は俺と朝比奈様を呼び出してから告げられた。此度のいくさには、おん自ら出馬なされると。
「お待ちください!これは敵の策にて……」
「わかっている。おそらく、織田の知恵者が考えた事だろうな。そして、行った先では罠が待っている事も……」
「でしたら……」
「だがな、大蔵。ここで余が逃げたらどうなる?駿河はともかくとして、三河と遠江の者らはきっと余が戦下手だと思い、頼り無しと思うであろう。無論、だからといってすぐに裏切られるとは思わぬが……」
義元公は続けられてこう申された。味方に反逆の理由を与えてはならないと。天下を獲るために戦い続けるにあたって絶対に避けなければならないと。
「……そう言いながら、太守様。本当はいくさ場に出たかったのですよね?」
「ふふふ……まあ、その通りだ、備中守。何しろ、舅殿から貰ったこの左文字が血に飢えておってな。余に毎夜毎夜、出番はまだかと訴えておるのだよ」
いやいや、義元公の左文字が血を吸うような出番がやってくるようなことになれば、それは我らの敗北だ。冗談でそんなことを言っているとは思うけど、本当にそのような事がないように作戦を練り直さなければならない。
俺は義元公の御前を辞した後、弥八郎と源五郎を呼び出した。
「あの……大蔵様。何をそのように怯えておられるので?」
「左様。確かに想定外な事は起きておりますが、我ら今川勢は2万。それに決戦地・桶狭間山には源五郎が砦を築いたのでしょう?普通にやれば勝てるかと……」
ただ、未来を知る俺とは異なり、竹中半兵衛の恐ろしさを知らないこの二人の反応はいまいちだった。源五郎などは「いざとなれば、抜け道もあるわけで……」などともいうし、俺は一人で頭を抱えた。
そして、同時に思う。やはり、こんな時は藤吉郎が側に居て貰いたいと。常識にとらわれない考え方ができるのは、そう……あいつしかいないのだ。
「殿、申し上げます」
「なんだ、源太郎。今は重要な打ち合わせをしており……」
「武田殿からの援軍が到着し、山本勘助殿がご挨拶を……と」
山本勘助?それって、信玄公の軍師の……。
「如何なさいますか?流石に同盟国から派遣された将ですし、後回しになさるのはあまりよろしくはないと思いますが……」
「わかった。会う、すぐに会うから、こちらに通してくれ!」
「……畏まりました」
きっと、信玄公の事だ。これで勝ったら勝ったで、あとで恩着せがましく「貸しだからな」と言ってきそうだが、背に腹は代えられない。
「武田家家臣・山本勘助にございます」
挨拶の口上を述べた勘助殿に俺は、早速作戦について相談した。織田勢が仮に3千の兵でこの桶狭間山に攻め込んできた時に果たして我らは勝てるのかと。
「そうですな……今の話しを聞く限り、3千の兵ならば恐らくは勝てるでしょう。例えその日の天候が豪雨であっても」
「そうですか……」
「ですが、本当にここにやってくるのは3千の兵ですかな?」
「それは……」
勘助殿は言った。俺がこのように警戒する軍師が織田方に居るのであれば、藤吉郎がやった作戦は見抜かれている可能性が高いと。
「すると、山本殿はこの桶狭間山に来襲する織田勢はもっと多いと?」
「左様。そう考えるのが妥当かと」
「弥八郎、その場合……織田の兵力はどれほどと考える?」
「斎藤を全面的に信じているのであれば、8千……もしかしたら、1万近くの兵を動員できる可能性もございますな……」
「源五郎。そうなれば、砦はもつか?」
「当日の天候が豪雨で、視界が悪ければ……あるいは、もたないかもしれませぬな……」
ならば、やはり作戦の練り直しは必要だ。
「山本殿。貴殿のお力もお借りしたいのだが……よろしいですか?」
「構いませぬが、お屋形様よりこのような時は『貸し一つ』というお言葉を賜っております。それでもよろしいのであれば……」
まあ、やはりそうだろうとは思ったけど、背に腹は代えられない。




