第161話 嘉兵衛は、高い買い物をしたと悟る
永禄3年(1560年)4月上旬 三河国岡崎城 松下嘉兵衛
信長が再び鳴海城、あるいは大高城に攻め寄せて来ることを想定して、朝比奈様と3千の兵には沓掛城に残って頂いてから、俺は岡崎城に一先ず戻った。来月に迫った決戦に向けた準備を仕上げるために。
「殿、松永様より鉄砲が届いております」
そして、その準備の一つがこの鉄砲だ。使者として来られた果心殿から受け取った目録には、こちらからお願いした数——100挺と10日は戦い続けることが可能な量の弾薬が記されていて、この満点な回答に俺はホッと胸をなでおろした。これでまた勝つ確率が上がったと。
「源太郎、これを早速おとわの下へ運んでくれ」
「畏まりました」
また、おとわはもしかしたら教師に向いていたのかもしれない。100名ほど集めた兵士たちはその指導の下でみるみるうちに腕を上げていた。的中率が上がっていることもさることながら、弾込めから発射までの動作も早くなった。
あとは、この100挺の鉄砲を使って、三段戦法を覚えてくれたら完璧だ。桶狭間の決戦でも当てにできるだろう。とにかく、準備は着々と進んでいる。
「果心殿。遠路はるばるありがとうございました」
「これで勝てそうですか?」
「勝ち筋は見えてきました。弾正様にこの大蔵が感謝していたとお伝えいただきたい」
「畏まりました。必ずや伝えましょうが……しかし、よろしかったのですか?」
「果心殿?それは一体……」
「弾正様より、大蔵様が遣わされた密書の内容は伺っております。それにしても、いくら鉄砲が欲しいとはいえ、思い切られましたな……」
前に上洛した折に、弾正様から自身の転生の事はこの果心殿にも打ち明けていると聞いていたが、勝手にこちらの事までばらさないでと言いたい。まさか、あの爺さん……この調子で他の人にもぺらぺらと……。
「あ、ご心配には及びませぬよ。弾正様は友達少ないですし、某も貴殿の秘密は例えどのような状況になっても、誰にも話すつもりはありませんので。まあ、それでもお疑いならば、うちの娘を差し出しますが?」
「側室はもう結構です!もう間に合っていますので……」
綾は食べ物につられて認めてくれたけど、次は果たしてどうなるのか。虎の餌食になるのは御免だ。
「そうですか。それなら信じて頂けたという事で話を戻しますが、本当のところはどうなのですか。今川家は本当にお困りになられないと?三好家が没落しなければ……今川家の天下は巡って来ないのでは?」
「それは……」
まあ、本音を言えば、困らないと思う。十河一存の落馬や三好実休の戦死はあれこれと手を回したら回避できるかもしれないけど、三好義興は病死だ。知られたところでおおよその病は今の医療技術ではどうする事もできないわけで。
そして、義興の死こそが長慶にとって一番致命的であり、それが政権崩壊へ繋がることを俺は知っている。そう、何も問題はないはずだ……。
「……ちなみに、弾正様は若殿様にすでに働きかけておりますぞ。すぐに医者の診察を受けてもらいましてな……」
「……ふふふ、流石は弾正様ですな。それで、何かわかりましたか?」
「いえ、今のところおかしなところはなかったようでして……」
ははは……ビックリしたけど、やっぱりだ。今の医療技術では見つからない病も多いわけだし……。
「……ですので、まずは酒を抑えるようにと」
「酒?」
「曲直瀬様曰く、酒の量が些か多いので、この調子で飲み続けたらやがて黄疸などを発症しかねないと」
曲直瀬って、あの戦国時代で名医だったと評判の曲直瀬道三の事だよな?う~ん、そんな凄い医者が付いているのなら、本当に義興は助かるかもしれないな。すると、三好の天下はこの先も続くというわけか……。
「おや?その顔……当てが外れましたかな?」
「まさか。三好家が安泰であれば、我ら今川家が公方様の下へ参上した時に、副将軍として天下の仕置きを担う負担が減るというもの。悪い話では決してないかと」
そうは言うものの、内心ではしくじったのかなと心が揺らぐ。今川家が天下を獲るためには、史実通りに三好家が崩れてくれるのが理想だ。
もちろん、そうならなかったときの事も頭にはあるが……もしかしたら、この鉄砲100挺は高い買い物になったのかもしれないな……。




