第160話 嘉兵衛は、藤吉郎を送り出す
永禄3年(1560年)3月下旬 尾張国鳴海城 松下嘉兵衛
「此度の援軍、真にかたじけなかった!!」
織田勢を押し返して城に入った俺は、総大将である朝比奈様に続いて、城主である岡部殿にこうして両手を握られて感謝された。少しむず痒い気持ちがしたが、「援軍など来なくても勝てた」とか言われるよりは全く良い。
友好的な態度に胸をなでおろして、情報交換を始める事にした。
「それで、いきなり来たというお話でしたが、前触れはなかったのですか?例えば……善照寺砦とか丹下砦とかの動きが怪しかったとか、もしくは小競り合いがあったとか……」
「それが全くなかったのだ。だから、こちらも少し油断していたところがあってな。3千の兵に攻められて、少し慌てたのだよ……」
そして、よくよく考えたら、こちらも3千の兵が居たわけだし、慌てる必要はなかったなと岡部殿は笑われた。
しかし、3千の兵が籠る城を3千の兵で落そうとする……か。可能にするためには、奇策でも用いない限りありえないため、一体何をしたかったのかと俺は信長の意図を考える。
「備中守様」
「なんだ?」
「仮定の話をしますが、織田と斎藤が手を結ぶとして、すぐにその背中を預ける事ができると思いますか?」
「そうだな……まず無理だろうな。織田上総介は、亡き舅の仇を討とうとつい此間まで斎藤と争っていたし、仮に手を結ぶと約束したところで、無条件で背中を預けるとこまでは難しいのではないかな?」
「なるほど……では、此度のいくさにおける上総介の目的ですが、俺はその斎藤を信じる事ができるか否かを確認するためだったのではと思うのですが、どう思います?」
「仮に織田と斎藤が手を結ぶ約定を交わしたのであれば、あり得ない話ではないな。織田も決戦は近いと考えているだろうし……」
……ということはだ。五右衛門はまだ帰ってきていないけど、織田と斎藤は手を結んだと判断して間違いなさそうだ。しかし、そうなればどうなる?
此度の戦いで、斎藤が美濃から兵を動かす事はなかった。これで信長が信じるかどうかはわからないが、決戦の際は最大で1万に近い兵力をこちらに向けてくる可能性も出てきたわけだ。これはその後の展開を考えて、今川軍の損害を抑えたい俺としては避けたいところだ。
「……なあ、弥八郎。織田と斎藤を手切れに追い込む策は何かないか?」
「そうですな……織田が次にこちらへ兵を差し向けた時、美濃から兵が尾張に侵攻すれば、確実にこの話は吹き飛びますな」
「では、そうなるためにはどうすればよい?」
「少し手間と銭が掛かるでしょうが……こちらの手の者を美濃に忍び込ませて、斎藤の兵を装い、尾張に侵入させるのは如何でしょうか?」
戦果は必要ではない。とにかく、斎藤の兵が尾張に入ったという事実が必要なのだと弥八郎は言った。
すると、その話を聞いた藤吉郎が俺に提案した。その任務を任せる事ができる男を知っているので、任せてもらえないかと。
「ちなみに、その任せたい男とは?」
「蜂須賀小六と申しまして、木曽川の川並衆を率いている男にございます」
藤吉郎の説明は続く。小六は斎藤家に属していた時期もあるため、旗も持っている事、引間に来る前に暫くの間、日銭を稼ぐために雇われて、その際に可愛がってもらった事とか。
だけど……それより先に蜂須賀小六だ。藤吉郎の片腕として、その天下取りに大きく貢献した男を俺は知っているし、成功しても失敗しても味方にしておきたいと思った。
「わかった。この件は藤吉郎に任せるとしよう。朝比奈様もそれでよろしいでしょうか?」
「構わない。大蔵殿の好きなように為されるが良い」
「ありがとうございます」
「あ、それと、殿……」
「なんだ?」
「尾張と美濃は敵地にて。腕の立つ護衛として、次郎吉に同行をお願いしたいのですが……」
飛加藤こと次郎吉は、俺の家臣ではないから、基本的には本人の了解があれば、藤吉郎が使っても何も問題ない。しかし、本人の了解を得るために俺の紹介状が必要と言いたいのだろう。
「わかった。俺からも頼んでおく」
「よろしくお願いします」
ちなみに、以前藤吉郎が荒れた原因となった千代女と次郎吉の関係だが、夫婦ではなく叔父と姪という事で落ち着いたらしい。
ただ、藤吉郎に千代女に対する未練は残っていないようで、今となってはどうでもよいことであるが……。




