第159話 半兵衛は、寧々を拾う
永禄3年(1560年)3月下旬 尾張国清洲城 竹中半兵衛
先日、面白い少女を拾った。織田家に仕える杉原助左衛門の娘で寧々というが、まだ12歳だというのに、まるで蟒蛇のように酒を飲むのだ。
「ねえ、半兵衛様。暑くなったから、脱いでいい?」
「「「ぬぅげ!ぬぅげ!ぬぅげ!」」」
「……いけません。その着物、1枚でも脱いだら、即座に頭グリグリの刑ですよ?」
「は~い!ねねたん、いい子なのでわかりましった!だから、皆さん。今日は脱ぎませんからね!」
「「「ええー!!」」」
……本当にわかっているのかと、ついため息が零れそうになるが、この寧々は、行方不明になった姉の捜索に力を貸す代わりに俺の身の回りを世話させたところ、中々に使える娘なのだ。しかも、物覚えも非常によくて……できれば、この後美濃に連れ帰りたいと思う程に。
……いや、そもそもこの作戦が終われば、この尾張は斎藤家の物になるのだ。無理に連れ帰る必要はなかったな……。
「半兵衛様、上総介様がお戻りに」
「そうか。それで、いくさの首尾は?」
「今川の増援が駆けつけたそうで、勝ち目がないと悟って退かれたとか……」
まあ、3千の兵で鳴海城を奪い返せる程、今川は甘くはない。それは信長もわかっていたはずだ。
ただ、今回の出陣に際して、斎藤家は美濃から兵を動かさなかった。信長はきっと、ホッと胸をなでおろした事だろう。そして、こういう事を後何度か繰り返すうちに信じようとするはずだ。密約を……斎藤家との不戦協定を。
「……では、出迎えに行くとしようか」
しかし、その先で信長が全軍に近い兵で義元との決戦に及んだその時、俺はこの城を十数人にしかいない配下の者たちで乗っ取る。同時に斎藤軍は木曽川を渡り、この清洲に入城して……信長との抗争で疲弊した今川軍を返り討ちにするのが作戦の全容だ。
「半兵衛……これは何の騒ぎだ?」
だけど、せっかちな男だとは思っていたが、俺が出迎えに玄関まで行く間もなく、信長はこの部屋にやってきた。楽しい事が大好きだと聞いていたから、寧々の騒がしい声に反応したのかもしれない。
「美濃と尾張の緊張を緩めるための親睦会ですよ。あと、上総介様の戦勝祈念も兼ねていましたが……」
「それはすまぬな。負けてしまったわ」
「御身が御健在なら、必ずしも負けたわけではないかと。次の勝利にこの経験を活かせばよいのですから」
「ふふふ……であるな」
そう、この経験を活かして我ら斎藤を信じてくれたらいいのだ。裏切られるその日まで……。
「そうだ。半兵衛、そこの娘の事だが……」
「寧々が何か?まさか……某が知らない所で何か粗相を?」
例えば、勝手に台所に立って毒キノコ入りの味噌汁を作って兵たちに振舞った、それとも信長秘蔵の酒を勝手に空けた……とか?
一瞬、そんな事が脳裏をよぎったが……信長が口にしたのは、この寧々を側女に置くつもりなのかという話だった。
「いやいや、それはございません。断じてございません」
「あ、あれ?そうなのか?てっきり、そのつもりで傍に置いているものだと思っていたが……」
「使える娘だから仕事を手伝ってもらっているだけです。それ以上でもそれ以下でもなく……」
信長にそう答えたが、この件は考えなくもなかった。側女とすれば、この清洲を乗っ取っても俺を裏切る事はないだろうし、何よりあと数年待てば、かなりの美女となりそうなのだ。検討するのは当然の事だった。
「殿様ぁ!かけつけ3杯と申しますよ!どうか、この土鍋の蓋で男を見せてください!!」
「い、いや、悪いが俺は下戸で……」
「信ちゃんの!ちょっといいとこ見てみたい!!はい、皆もご一緒に!!」
「「「信ちゃんの!ちょっといいとこ見てみたい!!」」」
「ま、待て!俺は本当に飲めないんだ!!」
だけど、この女を御せるのはきっと天下人の器を持つ者しかありえないと思い直して、見送る事にした。いや……我ながら誤魔化したな。本音はこのノリについて行けそうにないからだ。ゆえに、寧々とはあくまで仕事の中での付き合いに徹する。
「あれぇ?まだ半分も飲んでいないのに倒れちゃった。本当に弱いのね。信ちゃんって……」
うん、やはり無理だな。この娘だけは……。




