第158話 寧々は、暗殺未遂容疑で逮捕される
永禄3年(1560年)3月中旬 尾張国清洲 寧々
姉上が居なくなってから早10日が過ぎた。依然として手掛かりもなく、どこに行ったのかはわからないままだ。
「はぁ……どうしよう。絶対にわたしのせいだ……」
実は、父上や母上、それに妹のややにも言っていないことがある。あの日、姉上が居なくなったあの時、わたしは男の人に声を掛けられて、お酒を飲みに行っていたのだ。何杯でも好きなだけおごってくれると言ったから。
『やめときなさいよ。絶対に下心があるわよ?あの人……』
そう……あの時、姉上はわたしにそう忠告してくれたから、気合マシマシで飲み比べに臨んで、その男の人に勝利する事ができたのだ。
しかし、その後気持ちよく家に帰ると、先に帰っていたはずの姉上はどこにもいなくて……それだけに、もしあの時お酒に釣られて付いていかずに、姉上を一人にしなければとどうしても考えてしまう。
「だけど、本当にどこに行ったのかしら……」
飲みつぶした相手——柴田様がお城の偉い人だと知って、遅ればせながら姉上の捜索をお願いしたのだが、今は今川とのいくさを目前にしているらしくて、それどころではないらしい。
柴田様は「すまぬな」……と言ってくれたけど、そうなるとあとは自力で探すか、神様に祈るしかない。熱田神宮は遠いので、わたしは近所の神社に行って手を合わした。
「どうか、姉上をお返しください。叶えて下さるのであれば、わたしはひと月…いや、10日間、あ……やっぱり3日にするわ。とにかくお酒を飲みませんので、どうかお願いします!神様、このとおりです!!」
「ぷっ!」
ただ、人が真剣にお願いしているというのに、どこがおかしかったのか……背後から噴き出す声が聞こえた。振り替えると、顔色の悪い青瓢箪のような男がそこに居たのだった。
「なによ……そもそも、あんた誰?」
「あ……これは失礼しました。某は美濃・斎藤家の家臣で、竹中半兵衛と申す者にて……」
「あ、そうですか。でも、偉いお武家様とはいえ、人が真剣にお願いしているのを笑うのは酷いんじゃありませんか?」
「笑われたくなければ、その大根を値切る様に禁酒の期間を値切らなければ良いと思いますが。しかし……その歳でお酒を嗜まれると、長生きはできませぬよ?」
「余計なお世話よ!大体あんただって今にも死にそうな顔をしているじゃない。ごはん、ちゃんと食べているの?」
「……そういえば、このところ忙しくて食べていませんでしたね」
「言っとくけど、このままじゃあ、あんたの方がわたしよりも早死にすること間違いなしよ!」
だから、わたしは仕方なく……お弁当にと取っておいた特製おにぎりをこの半兵衛さんにあげることにした。
「わたしが作ったのよ。さあ、召し上がれ」
「はぁ……ありがとうございます」
でも、半兵衛さんは口元におにぎりを近づけた後、なぜかまず臭いをかいで、続いてじっと凝視して、それから近くの池にそのおにぎりを沈めた。
「な、なにをするのよ!折角、わたしの手作り弁当をあげたのに!!」
「……見てください。鯉が浮いているでしょ?」
あ、あれ?本当だ。本当に浮いている。一体これはどうしたのでしょう……?
「某を殺そうとしたのですよね?おにぎりに毒を仕込んで」
「はい!?」
一体何を言っているのか、理解が追い付かなかったが……気が付けば、わたしの周りは複数の侍に囲まれていて、逃げ場はなかった。
「待って! これは何かの間違いで……」
「おかしいとは思っていたのですよ。見た所まだ童だというのに、禁酒の誓いをするほどにお酒を飲むなどありえないことですし……」
いや、飲んでいるのは紛れもない事実なんだけど、下手な言い訳は通じそうにない。もしかして、塩加減をまた間違えたのかと思ったが、あとの祭りだ。
「連れて行け」
「はっ!」
「ま、待って!」
だけど、だからといってこのまま連れて行かれたら、おそらく明日の朝日は拝めない。わたしは身の潔白を証明するために、実際にお酒を飲んでみせると言い放った。それで信じて欲しいと。
「ふ……まあ、良いでしょう。但し、中途半端では許しませんよ?」
そして、運ばれてきたのは樽酒。まあ、これくらいなら楽勝だ。誓いは早速破ったけど、これで信じてくれるのなら……と、わたしは全力で飲み干した。ああ、おいしいわ!




