第155話 弾正は、ヤバい贈り物にため息を吐く
永禄3年(1560年)2月下旬 大和国信貴山城 松永久秀
大和の攻略は順調だ。昨年は筒井氏の本拠地を落としてその勢力を思いっきり削ったし、厄介な興福寺も先頃儂に白旗を上げた。
「おい、弾正殿。これは真に殿が書かれた物なのか?いくらなんでもこれは……」
「なにをいうか、新左衛門。そこに記されている花押は大蔵殿のもので間違いなかろう?それ以外に見えるのであれば、医者に目を見てもらうがよかろう」
「ぐぬぬぬ……」
今、東大寺の門前に「松永お断り」などという、不届きな高札を掲げた坊主どもを『蓑虫踊り』させるように大蔵少輔の名を借りて柳生新左衛門に命じたところであるが、まぁ……このように、大和の攻略には大蔵少輔の力をいくつか借りた。拠点の借用も含めて。
「殿、三河の松下様の使いが参られておりますが」
「通せ」
だから、この借りは返さなければと思っていたのだが、弾薬付きで鉄砲100挺か。流石にこれでは収支が合わないな。
「五右衛門とやらよ。いくらなんでも、これは無理筋ではないかな?」
「それにつきましては、殿よりこちらをお渡しするようにと言付かっております」
「ほう……」
差し出された木箱を開けると、そこには『今川仮名目録』の写しと思しき書物があり……その合間に折りたたまれた書状が挟まれているのが確認できた。何かと思って開けてみると、そこに記されていたのはアルファベットの文字であった。
1561 Sogou Kazumasa rakubanite sikyo
1562 Miyosi Jikkyu sensi
1563 Miyosi yosioki byosi
Kono3ninnosiga miyosikeboturakunogenin
……本当に何という重たい贈り物を届けてくれたものだ。ローマ字読みで目を通して、儂はため息を吐くしかなかった。
「ちなみに、使者殿はこの中身をご存じで?」
「いや、今川仮名目録の写しを届けるようにとだけ言われておりまして、密書が中に挟まれているとは存じませんでした。しかし、ため息が出るほどにヤバい話が?」
「そうだな……かなりヤバい話だ。知りたいのであれば、教えても良いがどうする?」
「知りたがりは早死にしますからな。某は遠慮させていただきます」
「そうか。それは実に賢明だ」
もっとも、知ったからとてあの甘い大蔵少輔の事だ。儂のように早死にさせるような事はしないだろうが、まあ知りたくないのであれば、態々教える必要はない。
「それで……改めて確認させていただきますが、鉄砲100挺の件は?」
「このような贈り物を頂いた以上は、用意せねばなるまいな。ただ、数が数ゆえ、少し時間はかかると思う。ちなみに、いつまでに欲しいとかは言っていたか?」
「我が殿は5月にいくさがあると申されておりました。よって、4月の半ばまでにできますれば……」
「承知した。間に合うように、準備ができ次第、堺から三河へ船で運ばせよう。大蔵少輔殿にはそう伝えてくれるか?」
「畏まりました」
五右衛門という使者は、これで用が済んだと儂の前から去っていった。折角なので、特別室でもてなそうと思ったのだが、堅物なのか「この後、やる事があるので」……と辞退して。
ただ、ひとりになって改めて思案するのはこの密書の内容についてだ。孫六郎(十河一存)様の落馬や実休様の討ち死には、忠告すれば回避できるかもしれぬが、若殿の病死は、知ったところでどうすればいいのだ?儂……医者じゃないんだし。
「それに儂は皆様に嫌われているからな……」
成り上がり者ゆえ、それが気に入らないのか。それとも目的のためならば、手段を択ばないやり方が気に入らないのか。とにかく、このお三方に限らず、三好家中に味方は少ない。
だから、果たして忠告したところで、果たして耳を傾けてくれるかどうか。また何かを企んでいるのかと疑われるのがオチのような……。
「いや、待てよ?それならいっそのこと知らぬ顔をして排除した方がよいのかもしれぬな……」
そして、いっそのことこの三人にはお亡くなりになって頂いて、儂が代わって殿をお支えする。うん、それも悪くはないな。
しかし、大蔵少輔は孫六郎様を含めたこのお三方の死が三好没落の原因と記していた。それに、そうなった場合は殿がとても悲しまれるはずで……。
だから、儂は面倒くさいことになったと思いつつも、三人と直に会って話し合いを持つことを決めた。三好家あっての儂なのだからと……。




