第154話 藤吉郎は、嘉兵衛の隠し事に気づくも……
永禄3年(1560年)2月中旬 三河国岡崎城 木下藤吉郎
「もっと腰をこう入れて!そう……そのまま、放て!」
廊下を歩いていると、勇ましい女性の声と銃声が聞こえたから何事かと思って目を向けると、そこにはなぜかおとわ様がいて、源太郎に指南しているのが見えた。側にいた小平太を手招きで呼び寄せて、いったいこれはどういうことかと訊ねると……
「実は、おとわ様が鉄砲隊を選抜する事になりまして」
……などと言う意味不明な言葉が返ってきた。さらにいえば、源太郎と小平太はその隊の幹部になるようで、それでおとわ様直々にご指導されているとか。
「小平太、次はあんたよ!早く!!」
「は、はい!すぐに参ります!!」
まあ、確かにおとわ様の腕前はそれなりだ。それは井伊谷で幾度も見させてもらったし、疑っているわけではない。しかし、だからといっていきなり鉄砲隊を作る?
そもそも、鉄砲は高価な物でそう容易く手に入るものではない。1挺や2挺ならばともかく、隊と言うからには50とか100とか、それなりにまとまった数が必要になるはずだ。それゆえに、儂は訝しく思ったまま殿の下へと向かった。銭はどうするつもりだと思いながら。
「ああ、それか。それなら、松永様にお願いする書状を送った」
「松永様に?」
綾様が側室に入られた関係で、松永弾正様とは頻繁に書状を往来させるなど非常に親しくされている様ではあるが、西陣織の着物や茶道具を融通してくれるのと違って、今回は鉄砲だ。流石にお願いするだけでは無理なような気がする。
それゆえに、本当にお願いしたのなら、見返りとして相応の金品が必要なはずなのだが……財務を預かる儂はまったく聞いておらず、従ってどういうことなのかと殿にお訊ねした。まさか、ろくに考えずに手ぶらでお願いしたのでは……と。
「そうだな……見返りとして、今川仮名目録の写しを送った」
「仮名目録の写しですか?」
「前に頼まれていたからな。幕府を立て直すためにまずは法の整備は肝要だから、参考にしたいと……」
そして、太守様の了解は得ていると言われると、何も問題ないように錯覚しかけるが……まとまった数の鉄砲の代価としては、些か釣り合いが取れていないような気がする。
だから、改めて殿に訊ねた。何を隠されているのかと。
「別に何も隠してはいないぞ?」
「今、嘘を吐かれましたな。殿は嘘を吐く時、鼻を触られる癖がございます」
「う……」
ちなみにこれは嘘だ。偶々、鼻を触られたからハッタリをかましただけではあるが……言葉を詰まらせたところを見ると、やはり隠し事があるようだ。
「そういえば、先日も突然、源五郎を伴われて尾張の桶狭間山へ行かれたとか。敵が攻めて来たらとか、お訊ねになられたそうですな?」
「それは……此度の作戦を考える上で必要だったからで……」
「本当にそれだけですかな?源五郎は『まるで未来を知っているような』などと申しておりましたが?」
一度疑い出したら、もう止まらない。幸いな事にこの部屋には儂と殿の二人だけしかいないのだ。だから、儂を信じているのであれば、正直に話してほしいと申し上げた。
「藤吉郎……しかしだな……」
「某が信じられませぬか?ここだけの話にして、誰にも申しませぬゆえ……どうか、胸の内をお聞かせくださいませ」
「……わかった。だけど、驚くなよ?」
驚く?一体何を驚くのかと思いながら殿のお話に耳を傾けたのだが……その内容は、これから先の未来予知という事だった。このままでは太守様が桶狭間で討ち死になされて、今川が武田に滅ぼされると……。
「な、何を馬鹿な事を……」
「信じぬのであれば、それでもよい。俺も完全に信じているかと言えば、所詮は夢の中の話。そう思い込もうとしたこともあるわけだしな……」
しかし、殿は申された。桶狭間山で源五郎の話を聞いて、夢の中身がその通りになる可能性を笑い話として飛ばすことはできないと。




