第153話 嘉兵衛は、おとわに役目を与える
永禄3年(1560年)2月上旬 三河国岡崎城 松下嘉兵衛
此度のいくさを前にしてうずうずしているのは、何も義元公だけではなかった。影武者を務めるということで贈られた鎧具足をなぜか着用して、おとわが言ったのだ。このとおり、自分が影武者を務めるから心配無用……と。
「あのな、どこが心配無用だ。遊びじゃないんだぞ?」
「心配しなくても武芸には自信があるわ。嘉兵衛もそれは知っているでしょ?」
むむむ……確かにおとわの武芸は、俺には及ばないがかなりのものだ。しかも、一昨年に虎松を出産してからは、一刀斎様からも指南を受けたようだし。
「嘉兵衛は軍師の役目があるから、そちらに専念した方がいいでしょ?だからねえ、やらせてよ。お願い!」
お願いされても……あずさや虎松の子育てがあるのではないかと、何とか諦めさせようと試みるも、そちらのお役目は「このままじゃ、あずさちゃんが脳筋暴力娘になっちゃう!」と心配した綾に奪われており、何もすることがないんだとか。
まあ、綾は松永様より都の雅な教育を受けている事もあるし、それはそれで適材適所ではあるけれども、だからといっておとわが義元公の影武者を務めてよい理由にはならない。
「悪いが、ダメなものはダメだ」
「えー!じゃあ、わたしは何をすればいいのよ!」
「何をすればって……前に言っていた和菓子屋を開業する話はどうなったのだ?」
「だれかさんが綾のお腹に子種を植えたから、無期限延期になりました!」
あ……そういえば、そうだったな。綾のお腹には男の子か女の子かはわからないけど、俺の子が宿っている。
「それに、いくさに勝ったらまた引っ越すんでしょ?和菓子屋を始めるにしても、もう少し落ち着いてからじゃないとね……」
そういわれると、重ね重ね済まないなぁという気持ちが湧いてくる。おとわも綾に教えられて、料理の腕前が上がっているだけに。
「まあ、そういうことだから、影武者のお役目、任せて頂戴!大丈夫。お歯黒塗って輿にも乗るから」
「あのな、そうやってしれっと押し通そうとするなよ。そうだ……暇ならいっそのこと、あずさや虎松と一緒に綾から学んではどうだ?和歌や華道、あと茶の湯もできると聞いているし……」
「無理だったのよ!わたしだって、同じことを思って学ぼうとしたんだけど、気が付けば涎を垂らして寝ていたわ!自慢じゃないけどね!!」
そして、それも子供たちの悪い見本になると言われて追い出されて……どうやら今に至るらしい。しかも、そんなだらしない姿をわずか5歳児のあずさに鼻で笑われたらしく、それもショックだったようで……。
「だから、お願い!このままじゃ、母親としての立場が危ういのよ!このあたりで大きな手柄の一つや二つ上げないと……」
「母親の立場が危ういって……産んだのはおとわなんだから、そんな事を考えなくてもいいと思うが……」
しかし、その程度の説得ではおとわの決心は覆らない。挙句、部屋の片隅に偶々置いていた鉄砲を見つけては、影武者がダメなら鉄砲隊を率いさせて欲しいと言い出した。いや、隊を組めるほどの鉄砲はないのだけどね!
「とにかく、ダメなものはダメで……」
ただ、そう言いかけた時に、脳裏にひらめくものがあった。鉄砲……そう、鉄砲だ。
「おとわ。確か鉄砲を扱えたよな?」
「ええ、そうよ。井伊谷に居た頃、暇つぶしに撃っていたでしょ?」
そうだ。確かにおとわは撃っていた。しかも、かなりの腕前だったと記憶している。
「どうしたの?」
「その技を人に教える事はできるか?」
「できるけど……誰に教えればいいの?」
鉄砲は松永様にお願いすれば、それなりの数を集める事はできるのではないかと思った。だから、俺は鉄砲隊を編成することを決めて、その指南をおとわにお願いする事にした。
「頼めるか?」
「任せて」
ちなみに隊員の人選は俺が一定数の兵を集めておいて、そこから選抜するという。人数は大体、50名から100名程度……と。




