【幕間話-12】信長は、美濃と密約を結ぶ
永禄2年(1559年)2月下旬 尾張国清洲城 織田信長
「くそっ!」
家に帰り、帰蝶の顔を見てつい気が緩んでしまった。俺は今日で抱えた腹にためていた悔しさを吐き出してしまった。折角、上洛したというのに、御所も三好も門前払いで贈り物さえ受け取ってもらえなかったのだ。これでは面目丸つぶれだ……と。
「殿……」
「しかし、なぜだ!金を積めば、尾張守護職は買えるのではなかったのか!」
「畏れながら、その事なのですが……」
ん?帰蝶が何か言いたそうにしている。
「どうした?」
「実は、美濃の斎藤家より使者が参っておりまして……その者が殿は無駄足で帰ってくるでしょうと申していたのですよ」
「なんだと!」
しかも、その使者とはまだ元服したばかりの少年とか。名は竹中半兵衛というらしいが、興味を覚えた俺は、帰蝶に勧められたこともあって会う事にした。
「織田上総守である!」
「……畏れながら、上総国は親王任国にて。皇族でもないかぎり、任官は不可能かと」
「……一応、桓武天皇の末裔ではある」
「まあ……それで良いと思われるのでしたら、好きになさればよろしいかと。上総介様?」
ぐぬぬぬ……生意気な奴だ。しかし、その度胸は買おうか。
「それで、俺に話があるのだろう?」
「その前に。上総介様は、今川が尾張と美濃の守護に任じられたことは御存じで?」
「な、なにっ!?」
「なるほど……その様子ではやはりご存じなかったのですね。帰蝶様にはお伝えしましたが、無駄足で帰ってくると申したのは、そういう裏事情があるからにございますよ」
半兵衛は言った。今川の家臣・松下大蔵少輔なる者が御所と三好の和平を仲介して、今川家と盟約を結ぶ仲介も果たしたと。尾張と美濃の守護職はどうやらその証として、幕府から与えられたようだ。
「……となれば、今川は遠からずこの尾張に来るというわけだな?」
「恐らくそうなるかと。そして、我が主・斎藤治部大輔様より、上総介様に停戦を申し入れたいというお言葉を預かっておりまする」
「停戦?」
一体どういうことかと思っていると、斎藤家にとっても今川がこのまま尾張を支配するのは望んでいないという事らしい。美濃の守護職を得ている以上は、次は自分たちの番になるからと。
「つまり……我が織田に斎藤の盾役をさせるということか?」
「その代わり、今川の野望が潰えるまでは、我が斎藤は尾張に手出しをいたしませぬ。もちろん、そちらが手出しをしない限りではありますが……」
なるほど。斎藤が尾張に手出ししないとなれば、我ら織田は全力で今川と戦えるわけか。確かに悪い条件ではないな。
「だが、問題がひとつある」
「斎藤家が約に反して、空き家となった尾張に攻め込まないかという事ですね?」
「そうだ。その保証がない限り、やはり不安がある」
「なれば……某が約の証として人質となりましょう」
「……失礼ながら、そなたでは人質としての価値はなかろう。せめて、斎藤に連なる者でなければ……」
いや、斎藤に連なる者であったところで、あの狡猾な高政の事だ。いざとなれば、容易く見殺しにするはずだ。そうなると……やはり、完全には信用できないか。
「では、この話はなかったことに……?」
「……せめて、国境から1里(4キロ)は非武装地帯とすることを条件としたい。あと、今川とのいくさの際は援軍をできれば派遣願いたい」
「非武装地帯とする条件はともかく、援軍はやめた方が良いでしょうな」
「なぜだ?」
「それこそ、空き巣狙いをされかねないからですよ。負けた時、今川が来る前に少なくない領地を奪われることになるかと……」
あり得る話であるが……要は、兵を出したくないのであろう。だから、ここは非武装地帯とする事を良しとして引き下がる事にした。
「ただし、これは個人的な頼みであるが……いくさの際は、せめて貴殿の助言を頂きたい。どうだろうか?」
「それくらいであれば、問題ございませぬ。いくさの折は、必ず駆けつけることに致しましょう」
俺の勘がこの男は役に立つと言っていた。だから、こうして了解を貰えたことにホッと胸をなでおろして……来る決戦に向けて備える事にする。
今川治部大輔……来るなら目にもの見せてくれようぞ!!




