【幕間話-11】甲斐の虎は、虎視眈々と西にも目を向けて……
永禄元年(1558年)10月上旬 甲斐国躑躅ヶ崎館 武田晴信
越後の長尾景虎が北信濃に兵を向けたと、先程知らせが届いた。だから、儂も家臣たちに触れを出して、参集を求めた。直ちに軍議を開くからと。
そして、最初に現れたのは……真田弾正(幸隆)であった。
「早いな、弾正。参集を命じたのはついさっきだというのに……」
「畏れながら、某がここに参ったのはその儀にあらず。まずはこちらを……」
「ん?」
「駿府に居る倅からの密書にございます」
忙しいから後に……と思ったが、どうやら中々にマズい事が書かれていたようだ。弾正の顔を見てそう判断した儂は、差し出された密書を受け取った。
「しかし、久しぶりに届いたものだな」
「どうやら監視が厳しいとかで。まあ、それについては、あの手この手と試しておりましてな。いずれ改善されることも……」
「そうか。だが、決して無理はさせるなよ?源五郎には、いずれこの武田を支えてもらわねばならぬと思っておるのだ。このような所で失いたくはない」
「ありがたきお言葉を。倅に成り代わり、お礼を申し上げまする」
ホント、三条の目がなければ、今すぐに連れ戻したい所だ。基礎的な事は教えたものの、武田の軍師を担うためには、まだまだ学ぶべきことは多いのだからな。
「それで、源五郎は何を知らせてきたか?」
「松下大蔵少輔が上洛して、御所様と三好筑前守の和平を仲介したと。また、今川家にも同盟の打診があり、その見返りとして三河、それに尾張と美濃の守護職が与えられると……」
「なに?」
慌てて中身を改めると、確かにそのような事が記されていた。和平の仲介はともかくとして、義元に尾張と美濃の守護職が与えられるのは、儂としては些か都合が悪い。それでは京への道が塞がれてしまうからだ。
「これは阻止せねばならぬな……」
「しかし、倅の書状にはその治部大輔様は、大蔵少輔の提案を了承したとあります。もう少し早く事態を知る事が出来ていれば、今川の重臣共に手を回して阻止もできたのでしょうが……」
なるほど。つまり、この書状は儂に届いても問題ないからと見逃されて、こちらに届いたわけだ。くそ……大蔵の奴。本当に嫌な奴だ。
「しかし、この話だが……美濃の斎藤と尾張の織田は知っているのかの?」
「恐らく知らぬかと。我が手の者からの知らせでは、どちらも年が明けたら上洛して、それぞれの守護の地位を得ようと幕府に働きかけるつもりらしいですし……」
「それなら、教えてやるかの。無論、こそっとだが……」
今川家と盟約を結んでいるため、表立って敵対的な行動をとる事はできないが、だからといってやり様がないわけではない。儂はこの情報をまず木曽に流し、そこから美濃の遠山氏を通して、稲葉山の斎藤高政に伝わるようにする。それくらいならば、そう難しい話ではない。
「あとは、斎藤高政が織田信長と協力して、義元の勢力拡大を阻んでくれたら最高であるが……」
「問題は、この二人の間に遺恨があるという事ですな」
「そのあたり……何とかならぬか?」
信長は死んだ舅の敵討ちと称して美濃を狙っているし、高政も返り討ちにして尾張を攻め獲ろうと考えている事は儂も知っているが……このままだと、今川に各個撃破されて共倒れになるだろう。
それは、我らにとっても非常に不都合極まりない話だ。
「しかし、お屋形様。我らが仲介の労をとれば、流石に今川家との盟約に反する事に……」
「隠れてやるというわけにはいかぬか?」
「それを見逃してくれるほど、治部大輔は暗愚ではございますまい」
そうだな。一度、善徳寺で会ったが……非常に油断のならぬ男であったわ。狸というべきか、欲のない人の好さそうな顔で油断させておいて、ちゃっかり今川の利益を確保しやがったし……。
「……となれば、情報だけ知らせて、後は様子見に徹するしかないという事か……」
「残念にはございますが、長尾と事を構えている現状を考えたら、今川を敵にするわけには参りませぬ。やむを得ないかと……」
あとは斎藤に知恵者がいることを願ってと弾正に言われて、儂はため息を一つ吐いて気持ちを切り替えた。そうだ、長尾景虎だ。まずはあやつを何とかしなければ……。




