【幕間話-9】友松尼は、寿桂尼からの仕事を請け負う
永禄元年(1558年)7月上旬 京・とある寺 海北友松尼
いつの時代も、年寄りはガミガミと煩い。
「友松尼、これは一体何なのだ!?これはぁ!!」
「人物画ですが、それがなにか?」
「何かじゃないだろうが!男と男が何で裸で……こほん!と、とにかく、何でこんな絵を描いたか!」
描きたかったから描いた。全国の御婦人方に需要もあるようだし、それじゃあダメなのかしら?
まあ……和尚様のこの様子だと、ダメだったようね。
「……わかりました。ご納得いただけないようなので、実家に帰らせていただきます」
「待て!誰もここを追い出そうというわけではなくてだな……」
「では、何がおっしゃりたいので?わたしは、頼まれた仕事はきちんとこなしていますよね。屏風に襖絵に掛け軸と……全てはこのお寺の事を思って」
「それはそうだが……」
「では、空いた時間で何を描こうと勝手なのでは?」
「ううむ……」
あらあら、歯切れが悪いわね。さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。
「お金ですか。結局は……」
和尚が口を閉ざしてしまったが、わたしが真面目に描いた絵は畿内でも評判だと聞いている。高値で売れているようだし、きっと、この寺にとって貴重な収入源なのだろう。
「……とにかく、せめてうちの寺の小坊主たちを題材にするのだけは……」
「わかりました。確かに未来ある小坊主たちを題材にするのは酷な話でしたね。すみません、配慮が足らずに」
それなら、今夜は和尚様が若い僧たちにチョメチョメされているところを描こう。需要があるかはわからないけど、このまま怒られ損で終わらすつもりは、わたしの中には毛頭もない。
「あ、あの……」
「如何したか?」
「友松尼殿に面会の方が。今川家の寿桂尼様と申されておりまして……」
「寿桂尼様?」
駿河の守護大名・今川家のお方と記憶しているけど、一体どうしたのかしら?まあ、上得意様の一人だし、会わない選択はないわね。
「とにかく会います。失礼のないように、離れのわたしの部屋にお通しください」
「畏まりました」
「そういうわけで、和尚様。これにて失礼しますね?」
返事はないけど、聞く必要はない。本当に文句があるのなら、近江に帰ればいいのだ。筆一本あれば、金に釣られたどこかの寺が受け入れてくれるだろうし。
「お待たせしました。友松尼にございます」
「先生、お初にお目に掛かります。今川義元の母、寿桂尼にございます」
寿桂尼様は挨拶の口上を述べた後、興奮しているのか、わたしの作品について熱く語ってくれた。特にご子息の義元公がわたし推しのノブにヤられている絵が一番お気に入りだとかで。
「でも、よろしかったのですか?義元公は寿桂尼様の……」
「実はわたしの実子ではないのです。夫が侍女との間に儲けた子でして……」
「そうですか。色々あるのですね、大名家には……」
こういった話にあまり深く介入するとロクな事はない。だから、話題を変えるべく、わたしは本日の用件を寿桂尼様に訊ねた。すると……
「つまり、この二人が男と男の関係にあって、抜き差しならぬ事情で繋がっていて、今川家を乗っ取ろうとしていると、わたしの絵で天下に知らしめたいと?」
「ええ、そうでもしないと腹の虫がおさまりません!先生、どうかお力をお貸しくださいませ!」
題材となる二人の男は、武田家の前当主である信虎公と松下大蔵少輔とかいう今川家の家臣だとか。信虎公は知名度があるけどお爺ちゃんだし、大蔵少輔とかいう男は若いけど、知名度が皆無。
だから、例えその筋に無償でばら撒いても、淑女の皆様の目にはかなわないと思うのだけど、初版2千冊の製作に対して提示された報酬は2千貫(2億4千万円)だ。
「……お任せください。全力で素晴らしい逸品を用意してご覧に入れましょう」
「お願いします!」
本音で言えば、このような大名家内のいざこざに関わりたくはない所であるが、2千貫……それだけあれば平和な堺に自分の工房を持つこともできる。
だから、わたしはこの仕事を引き受ける事にした。あとで幕府の厳しい弾圧があって、痛い目に遭うとは思いもよらずに。




