第150話 おとわは、嘉兵衛の浮気を許す
永禄元年(1558年)9月上旬 駿河国駿府 おとわ
最近、色々とおかしなことが続いている。京に行ったきり中々帰って来ない嘉兵衛もそうであるが、井伊谷から父上と母上が数日前から滞在しているのだ。しかも、二人は揃って口を開いてはわたしを諭すように言う。
「お家の繁栄を思えば、側室の一人や二人、受け入れる度量を持ちなさい」……と。
うん……やっぱり変だ。母上だって父上に側室を持たせなかったくせに、一体何を言っているのだと思う。
「え?そうだったかしら。そんな昔の話忘れたわ。オホホホホ……」
……などと惚けているけど、おじい様が父上に側室を持つように勧めた時に「他所は他所、うちはうち!」と確かにはっきりと言っていた。それにそんなに昔の話ではなかったような気もする。
だから、何となくだけど……わたしは嘉兵衛が浮気したのだと察した。
何しろ、父上や母上だけではないのだ。寿にお鈴、それに関口家の義母上様に、挙句の果てには瀬名様までこの数日次々とやって来ては、側室を認めるように言ってきたのだ。きっと、嘉兵衛が裏で手を回したのだろう。ホント、姑息な事をするものだ……。
「おとわ……すまなかった。このとおりだ、許してくれ!!」
そして、いよいよ断罪の……その日がやってきた。嘉兵衛は京から連れ帰った愛人と共にわたしの前で土下座して謝っている。皆がどうしてもというから、許すつもりでいるけど……お灸のひとつやふたつは据えてやらねば流石に気が済まないから、一芝居打つことにした。
「ねえ、嘉兵衛?」
「は、はい!何でございましょうか!!」
「あなた、御所様から刀を貰ったと言っていたわよね?」
「そ、そのとおりであります!」
「……だったら、試してみない?」
「な、なにを……?」
嘉兵衛の顔は真っ青になり、わたしが何を要求して来るのか怯えている事は一目瞭然だが、優しいわたしはいくら演技とはいっても、愛する旦那様にそんなに無茶な要求はしたりしない。
ただ、簡単に「鉄砲をその眉間に目掛けて撃つから、その刀で鉛玉を斬れるか試してね」……と。
「あと、斬ったら斬ったで、『またつまらぬものを斬ってしまった』とため息交じりで言うのよ。わかったかしら?」
「い、いや!流石にそれは無理!!死んでしまう!!」
そうだ。本当にやってしまったらいくら嘉兵衛でも死んでしまうだろう。それゆえにわたしは、お仕置きはこの辺りでいいだろうと考えて、「冗談よ」と告げた。
「じょ、冗談……?」
「正室たるもの、お家の繁栄を思えば、側室の一人や二人認めないわけにはいかないようですからね!」
井伊谷で勘定奉行だった頃ならともかく、今の嘉兵衛は今川家の重臣だ。父上や母上、その他大勢の方が言うように、多少ならば浮気も認めないわけにはいかない。
「でも、増やし過ぎたらダメだからね?」
「わかっています!ありがとうございました!!」
「それで……紹介してくれるのよね?そちらの方については……」
その愛人は名を綾といって、松永弾正様のご息女という事だ。しかも、「これはつまらぬものですが……」と言いながら差し出してきたお菓子は、とってもおいしそうだ。
「生八つ橋にございます」
「それって、嘉兵衛が言っていたお菓子……」
さらに訊けば、この生八つ橋というお菓子は、この綾さんが作ったとか。早速食べてみたけど……とってもおいしかった。
「如何です?何でしたら、また作って差し上げても……」
「……採用」
「へ……?」
「だから、綾さんを側室としてわたしも認めると言っているの!何か文句ある?」
「ございません!ありがとうございました!!」
別にお菓子につられたわけではないけど、今日の所はこのあたりで勘弁してあげる事にした。しかし、これだけ美味しいのなら、お店を出してもいいのかもしれないわね。
そうだ。そのための費用を捻出できないか、今度藤吉郎に相談してみよう。嘉兵衛に丸投げされた惣目付の組織づくりで忙しいようだけど、何とかしてくれるはずだ……。
(第3章 駿河・出世編 完 ⇒ 第4章 桶狭間・決戦編へ続く)




