第149話 嘉兵衛は、京土産に側室を得る
永禄元年(1558年)8月上旬 京・二条法華堂 松下嘉兵衛
幕府執事となった三好様の重臣である松永様は、此度の人事で評定衆に加わったため、非常に忙しい身の上のようだ。急ぎ面会を求めたにも関わらず、すでに3刻(6時間)余り音沙汰がない。
もっとも、同じ屋敷内にいるため、宛がわれた部屋で待っているのからそれほど苦痛ではないが、何かしらの連絡は欲しいものである。あ……足音が聞こえた。誰か呼びに来たのかな?
「おお、すまん、すまん。待たせたな」
「これは、弾正様!」
てっきり、都合がついたら使いが来て、それから松永様のお部屋に案内されると思っていた。それゆえに些か慌ててしまった俺は、初手から会話の主導権を手放してしまった。
松永様は俺に「決心は固まったか?」といきなり訊ねてきたのだ。
「いえ、まだそれは……」
「なんじゃ、それは。ならば、なぜ儂と話がしたいと申したのだ?」
「実は……」
決心は固まっていないと答えたものの、この一件で決心せざるを得ないだろうなと思いながら、寿桂尼様がばら撒こうとしている冊子を松永様に見せた。加えて、これを発禁にして、関係者を処罰して貰いたいとも伝える。
「まあ、儂の力をもってすれば、できぬ話ではないな」
「お願いできないでしょうか?」
「ならばわかっておろうな?儂の力を借りるという事は、そなたも儂に力を貸す必要があるという事を」
「左近の件を利用して、大和への足掛かりを作る事に協力したではありませんか。また、幕府との和平の仲介を果たしたではありませんか。この貸し二つの内、一つを返して頂くという形では?」
「なるほどな。まあ、儂としてはそれでも構わぬが……」
あれ?もっとごねられるかと思っていたけど意外に認められたぞ。これでこの件は一件落着で……。
「それで、本当の所を聞きたいが、何が気に入らないのだ?」
「気に入らないって……」
ホッと胸をなでおろしかけた所に、松永様の追及は続いた。
「別に家臣になれと言っているわけでもないし、今は遠くに離れていて利害関係で対立しているわけでもない。将来の事はさておき、今の段階で手を組まないという理由はないと思うが……?」
「その将来の事を考えたら、迂闊な回答はできないと某は思っているのです。第一、今のお言葉では、弾正様は状況が変われば、某を裏切る事も考えておられますよね?」
「ソンナコトハナイヨ?」
「……カタコトの日本語で誤魔化しても無駄ですよ。俺のいた世界では、弾正様と言えば義理ワン。息を吐くように人を裏切る稀代の悪人として有名でしたし……」
あ……しまった。これは言うべき話ではなかった。松永様も「なんだそれは?」と驚かれているが、少なくとも今の段階では、三好家も将軍家も織田家も裏切っていないし、何より大仏殿も焼いていないのだ。こんな酷い事を言われる筋合いは全くない。
「……すみません。今のは忘れて頂けると……」
「それは無理な相談だな。つまり、儂はこの先、そのような酷い男になるという未来があるわけか。なるほど……そなたが儂を信じないのも無理はないな、そういう話では……」
「本当にすみません……」
謝っても済む話ではないのかもしれないけれども、とにかくこれでこの話もおしまいになるだろう。俺はそう思って、本当にこれで良かったのだろうかとまた悩んでしまった。
しかし、松永様は諦めずに話を続けた。
「それなら、儂を信じざるを得ないようにすれば、信じてくれるということだな?」
「信じざるを得ないように?」
「儂の娘をそなたの側室に差し出す。此度の盟約の質としてな」
「なっ!?」
いや、ちょっと待て!側室はマズい、側室だけは!!
「……わかりました。そこまで仰せであれば、この松下大蔵少輔、弾正様と手を結ばせていただきまする」
「そうか。ならば、早速娘をここに……」
「畏れながら!手を結びますので、どうかご息女の輿入れだけは何卒、ご容赦を……」
生八つ橋が手に入らなかったのに、側室をお土産に連れて帰ったら……ああ、想像するだけでも恐ろしくて吐血しそうだ。
しかし、松永様はその俺の願いを聞き入れることなく、ご息女をこの場に呼んだ。
「松永弾正が娘、綾にございます。その節はどうも。大蔵様♪」
「あ……」
「……娘はあの日まで処女でしてな。傷物にされた以上は責任を取って頂く。よろしいな?婿殿」
そこに現れた綾殿は、あの特別室で抱いたウサギちゃん。どうやら俺は……最初っから嵌められていたらしい。
ああ~ヤバい。殺される……。




