第147話 源太郎は、主の悩みを解決しようと
永禄元年(1558年)8月上旬 京・二条法華堂 松下源太郎
大和から京に戻って間もなくの事、和約が成ったということで御所様が将軍山城よりこちらにお移りになられた。三好様が『執事』に任命されて、松永様や他の三好家の姫方も幕府内の役職を賜る中で我が殿も 『御供衆』にと打診があったようだが……
「え……?断られたのですか!」
「ああ、俺は今川家の家臣だ。お気持ちは有難いが、勝手にそのような役職を受けるわけにはいかない」
さもなくば、九郎判官のように粛正されかねないからと殿は仰せになられて、どうやらこの話は沙汰やみとやったようだ。俺個人としては、なんかもったいないような気がする。まあ、代わりに『不動国行』とかいう刀を拝領したらしいけど。
「はぁ……」
ただ、そんな殿だが、様子が少しおかしい。今日はめずらしく御用がない1日のはずなのに、朝から時折このようにため息を吐かれているのだ。
「どうしたのだろうな……」
「源五郎殿……?」
「大和を出立してからずっとあの調子だろ?始めは女かと思ったのだが……」
秘かに調べた結果、その線は白だったと源五郎殿は言った。いや、俺なんかは今日になっておかしいなと思ったのに、この人……そんな前から疑問に感じていたのか。なんか、 それはそれで空恐ろしいような……。
「しかし、女じゃなければ、殿はなぜあのように毎日お悩みになられているのでしょうねぇ……」
「小平太殿……まさか、貴殿も気づかれていた?」
「まあ、殿はどうやら隠し事が苦手なご様子ですからねぇ」
あ、あれ?気づいていなかったのは俺だけ?ま、まずい……完全に後れを取ってしまった……。
「しかし、何なのでしょうねぇ。殿がお悩みになられている事って……」
「もしかして、例の特別室の一件を知られることを恐れているとか?」
「さあ、それはどうかな。梅乃屋の一件だって、何だかんだと言って上手く誤魔化しながらまだ通っているだろ?」
そういえば、源太郎殿の言われる通りだ。時折、我慢の限界が来たおとわ様に叱られることはあるようだけど、それでも何かしらの理論武装をしながら、月に一度は通っているようだ。
「だけど、特別室の事でなければ、何を悩まれているのでしょうかねぇ……」
「源太郎殿、そなたは殿のお身内。何かないか?思い当たることは何か……」
う〜ん……思い当たる事ねぇ。特別室の事を除いたら、殿が悩まれるとしたらやはり、 おとわ様の事か?あ……おとわ様といえば、そういえば!!
「その顔……何か思いだしましたか」
「おとわ様へのお土産の話ですよ。確か……生八つ橋なるものが売っていないことを御所様から聞いて、顔を青くされていませんでしたっけ?」
「「それだぁ!!」」
源五郎殿と小平太殿がそろって声を上げたのにはびっくりしたけど、甘い物への執着心が半端ではないおとわ様の事を思えば、どうやらこれが殿の御悩み事で間違いなさそうだ。確かに入手できずに帰れば、きっと血の雨が降るだろう……。
「それで如何する?」
「如何するって言われても、あのようにため息を吐かれているという事は、やはり探したけど手に入らなかったという事ではないか?それなら、我らとしてもどうしようもないような……」
「それでも、探そう。殿もお忙しいから、もしかしたら見逃していることもあるかもしれないし……」
それが小姓の仕事だと小平太殿に言われては、反論することはできなかった。
「いや、俺は武田の家臣で大蔵殿の監視役だから・・・・・・」
「いいから手伝えよ。じゃないと、甲斐にいる婚約者殿に手紙を書いちゃうぞ?特別室でナニをしていたのか、その全てを……」
「くっ!」
そして、その仲間に源五郎殿が加わり、殿の事は左近様にお願いして、俺たちは京の町へと繰り出した。だけど……
「おい……あれって、寿桂尼様ではないか?」
「えっ!?」
そこは一見怪しげな裏町の店。俺は面識がないのでわからなかったが……その中に入っていく老いた尼僧を見た源五郎殿がそう口にしたのだった。




