第144話 嘉兵衛は、柳生と刀を交える
永禄元年(1558年)7月中旬 大和国生駒郡 松下嘉兵衛
その鎧・兜は派手であった。黄金色に輝き、さらに前立てには『愛』の一文字が。
「いや……直江兼続じゃないんだから……」
「直江兼続?それは一体誰のことかの?」
「な、なんでもありません。独り言にて……」
まあ、松永様に突っ込まれて、あやうく身バレしそうになったところを誤魔化した結果、断り切れなくなってこのような格好をする羽目になったが……
「柳生新左衛門宗厳……参る!」
大体そもそも、形だけの参戦だったはずなのに、「伏兵の将が足りぬのだ」といわれて戦場に送り出されて、挙句の果てにこうして柳生との一騎打ち。ホント、「ふざけるなよ?糞ジジイ」と言いたい。
もっとも、今の状況でそんな泣き言を口にしても、柳生の剣は止まらないから応戦するが、帰ったら絶対に慰謝料は請求しようと心に誓う。人が良いと言っても、限度があることを……思い知らさなければならない。
「む……やるな!」
「そちらこそ!」
それにしても、柳生新左衛門といったか。昔、時代劇ドラマで見た柳生十兵衛の関係者だけあって流石に強いわ。でも、不思議なんだけど、新陰流の技は見当たらない。柳生と言えば新陰流だと思うのだが、これは一体どうしたのだろうか。
「もしかして、手加減してくれている?」
「馬鹿なことを言うな!そんな事より、そんなチャラチャラした鎧を纏っておきながら、何でそんなに強いのだ?ふざけているのか!」
「ふざけていないわ!この鎧は松永のじいさんの趣味で、俺は巻き込まれただけだ!!」
そこの所は声を大にして言いたい。特に前立てが『愛』だなんて……絶対に嫌だ。恥ずかしくて普通に死ねる……。
「じゃあ、死ねぇえ!!」
「ふん!悪いが断る!!そういうわけにもいかないのでな!!」
気が付けば、平嶋城は落ちたようで炎と煙に包まれているし、この戦場においても大方戦闘は終わっていて、刀と刀をぶつけあっているのは、俺たちだけだったりする。
「なあ、見ての通り、いくさは我らの勝ちだ。この上は、降参してくれないか?」
「断る!」
「俺に勝ったって、ここから逃げることはもうできないだろう?降参してくれたら、命だけは……」
「おまえの首を獲って、それを手土産に三途の川を渡る。何か問題があるのか?」
「大ありだ!三途の川を渡りたいのであれば、他の手土産にするんだな!ほれ、あそこに丁度良いのがいるだろう?」
そして、俺はのこのことやって来た松永の爺さんを指差して、「手土産にするのなら、あのしわ首にしたら?」と勧めてみることにした。
「これは何という幸運!そなたとの勝負、来世まで預けた!」
まあ、そうなるだろう。何しろ、俺のような訳の分からない将ではなくて、本物の総大将が現れたのだ。一発逆転を狙うのであれば、そちらに向かうのは当然と言えば当然。しかし……
「うわっ!」
そのわずかなスキがこの新左衛門の命取りになる。俺は背を向けて駆け出そうとしたその足を払ってその場に転倒させると、あとは周囲の者に命じて取り押さえさせた。
「ぐぬぬ……卑怯な!」
戦場で卑怯も糞もないと思うのだが、まあ、そう言いたい気持ちもわからないでもない。すると、縄で縛ったところに松永様が近づいて来た。「ご苦労だったな」と言いながら。
「ご苦労だったな……ではないでしょう。もしかして、このような展開になる事を狙っていたのでは?」
「あはは!見抜かれてしまったか。そうよ、悪いとは思ったが、おとりに使わせてもらった。しかし、そこの柳生に勝つとまでは想定外であったがな……」
それはつまり、この戦場で俺を始末しようとしたという事なのだろうか。だとしたら……俺にも考えが……。
「ああ、言っておくが、別に大蔵殿を殺そうとしたわけではない。万一の時はそこの茂みからこの男を鉄砲で撃ち殺すつもりだったのだ。だから、そのような怖い顔をしないでくれ」
「ふ〜ん、どうだか。口では何とも言えますからな」
「もちろん、迷惑料は上積みして支払う。だから、その話はあとでしょう、あとでな」
まあ、確かにここは戦場だ。慰謝料の交渉は後にして、まずはいくさの後処理に臨まなければならない。この柳生新左衛門の処遇も含めて。




