第140話 嘉兵衛は、お楽しみの後に……
永禄元年(1558年)7月上旬 京・吉祥院 松下嘉兵衛
弾正様の特別室は……まさにこの世のパラダイスだった。命が惜しいから具体的な内容は言えないけど、とにかくよかった。本当に気持ちよかった。
「だから、源五郎。おまえだって楽しんだのだから、絶対にチクるなよ?」
「わ、わかっていますって!某とて婚約者がいる身。この事が漏れたら、困るのは某も同じですから!」
「ならばよいが……っておまえ、婚約者がいたのか!?」
「ええ、親が決めた婚約者ではありますが、一応は……」
相手は三条の方様に仕える侍女の娘らしく、一応それなりの位階を持つ公家の血筋らしい。だから、この話が甲斐に伝われば、源五郎も何かと都合が悪いとか。
「安心して頂けましたか?」
「ああ、そうだな……」
なるほど、それなら確かに一安心だな。うちのおとわも恐ろしいが、三条の方様も負けず恐ろしかった……。
「それにしても、いくさの最中だというのに弾正の奴……かような事をして毎日楽しんでいたとはけしからん!実にけしからんぞ!!」
「御所様?」
「大蔵……やはり、余は侮られていたという事かな。女をこうして毎晩抱きながらでも、余の相手はできると……」
はぁ……まだ言っているよ、この人は。その割には俺たちの3倍の速さで腰を振って数をこなして一番楽しんでいたと思うのだけど……。
「まあ、いいではありませぬか。女に侮られたわけでもないし、こうして最後にスッキリされたわけですし。御所様も楽しかったのでしょう?」
「そ、そうだな。うん、実に楽しかった。おしりがぷりっぷりで胸がボインボインのウサギさんがたくさんいて……」
「ちょ、ちょっと、御所様!中身の話は!ウサギさんの話はマズいって……」
「ああ、もう将軍なんてやめて、可愛いウサギさんに囲まれて暮らしたい!」
……だから、そのウサギさん——バニーガールの事は口にしてはならないとあれほど部屋を出る前に言ったというのに、全くこの義輝公にも困ったものだ。もし、これがきっかけでおとわに折檻されたら、絶対に近衛家にいる婚約者の方に文を送ろう。道連れだ。
「あれ?そういえば、無人斎様は……」
「無人斎なら、二回戦に突入するとか言ってまだ中にいるはずだ。そなたのところの若い連中を連れてな」
うちの若い連中……それは即ち、源太郎と小平太の事だ。部屋に入った直後の二人の様子から、まだこういう大人の遊びは早かったのかと思っていたのだが、義輝公が言うにはそんな二人を指南するために無人斎様は二回戦に突入したとか。
はぁ……こちらも困ったものだ。高い延長料金を取られても困るし、連れ戻すか……?
「殿……松永様がお戻りに」
そして、ただ一人嫁に義理立てして、特別室に入らなかった左近がこの楽しい時間の終了を知らせて来た。加えて、風呂に入って汚れと臭いを落としてから、広間に来るようにと……松永様からの言葉を伝えてくれた。
「風呂はすでに用意してあるとの事。但し、全員が入れるほど広くはないので、まずは御所様と殿のお二人だけでお入りくださいと」
「わかった。御所様もそれでよろしいですか?」
「構わない。それでは大蔵よ。共に参ろうか」
本来であれば、将軍である義輝公と今川家の家臣に過ぎない俺が肩を並べて風呂に入るなど、全くもってあり得ない話ではあるが……今は共にイカ臭さを漂わせる戦友同士だ。肩を組んでまでとはいかないけれども、言われた通りに二人で浴室に足を踏み入れた。
「おお、来られたか」
しかし、どうやら先約がいたようだ。湯煙でまだ顔ははっきり見えないが、義輝公も警戒するように「何者か」と訊ねつつ、万一の時に備えて身構えられた。
「御所様……某にございますよ。筑前守にございます」
「筑前守……あっ!な、な、なんで、何でお前がここに居る!?」
「いやはや、御所様がお忍びで弾正の元へお越しになられたと聞きましてな。それなら某も……と思ったわけですよ」
三好長慶——。今のやり取りでようやく理解できたが、ここにおわすお方はまさにその人であった。でも、御所様のお言葉ではないが、なんで総大将が裸でこんなところにいる?
「そちらにおられるのは、今張良殿か!」
しかも、何でそんなことまで知っているのだ?はっきり言って、理解不能であった。




