第138話 嘉兵衛は、和平を仲介する
永禄元年(1558年)7月上旬 京・吉祥院 松下嘉兵衛
「……それで御所様。どうしてこちらに?」
「その前に、弾正。余とのいくさを放置して、大和に向かうとはどういうつもりだ?」
「どういうつもりって……もはや、いくさの決着はついておりますよな。それとも御所様はまだ続けるつもりだったので?」
そう……松永様の言われる通り、此度のいくさの決着はすでについていると言ってもよい。何しろ、義輝公の後ろ盾になっている六角様も近江に帰りたいと無人斎様に泣きつく始末で、だからこそ、こうして和を求めて義輝公もここにおわすのだが……
「余を侮るな!例え一人になろうとも、この剣で全てをなぎ倒して見せるわ!」
まだ正式に和平が成ったわけではないのに、松永様が幕府方を相手にせず大和に向かうと言ったのが気に入らなかったのだろう。義輝公はそんな状況をすっかり忘れたかのように喚きたてられた。俺一人倒せないのにそんなことできないだろうと……ため息も零れた。
「まあまあ、御所様、落ち着かれよ」
「大蔵!しかしだな……」
「幕府が滅びると申し上げましたよね?そんな態度ではあと15年もすればと……」
「うっ!そ、そうであったな……」
「おわかりになられたなら、さっさと和平の話し合いを。今の弾正様のお話だと、某は明日にでも大和に向かわなければなりませぬ。時間がないので手短に」
これでもまだグダグダ言うのなら、後の事は知らない。将軍山にさっさとお戻りになられて好きなだけ戦えばいいのだ。
すると、義輝公は一つ大きく息を吐きだしてから、松永様に伝えた。「三好家と和平を結びたいので、橋渡しをして欲しい」と。
「……条件として、我が殿に管領もしくは同等のお役目を。我が殿のやる事に口を出さない事。あと、諸大名への書状は全て我が殿の同意を得てから発給する事……」
「相分かった。全てそのとおりとしよう」
「え……?」
しかし、まさかその条件を丸のみされるとは思っていなかったのか、松永様の口から驚いたような声が零れた。
「畏れながら……本当によろしいので?我が殿に今の条件を御所様が飲まれたとお伝えしても……?」
「ああ、構わぬ。ただ、そうよな。一つ変更を加えるのであれば、筑前守は管領ではなく、執事に任じるつもりだ」
「執事とは……高師直にございますか」
高師直——。足利幕府の創設に関わった初代・尊氏公の重臣で、一時は将軍を上回る権力を得たが、最終的には権力争いに敗れて粛清された男だ。
そして、『執事』とは、その師直が幕府を牛耳っていた時に就いていた役職でもある。
「執事ならば、およそ200年誰も就いた者はいない。それゆえに、管領になるよりかは家柄がどうだとか言う者は少なかろう」
「なるほど……」
ちなみにこの案は、無人斎様の発案だ。管領の職に就ける大名家が細川・畠山・斯波の三家に限定されて久しいため、成り上がりの印象を緩和するために……と。
「ちなみに、管領職は廃止なさるので?」
「廃止にはせぬ。せぬが……その職権は執事職に移管する故、そのうち名誉職になるであろうな」
「管領様が反発しませぬか?」
現在の管領は、細川晴元公である。義輝公が朽木谷に移ってから今日まで、苦楽を共にした間柄であるらしいが……義輝公は「それがどうした」と答えられた。
「管領の反発など、筑前守なら容易く抑えられるであろう?」
「……それはつまり、我らに丸投げという事ですか?」
「そうだ。余は三好筑前守を見込んで政権運営を委ねるのだ。その辺りの後始末も込み込みで頼む」
「承知しました。委細、我が殿に伝えましょう」
松永様は最後にそう締め括って、席を立たれた。これから三好様の本陣を訪ねて、義輝公のお言葉を伝えるという。
そして、その帰りを待つ間、俺たちはメイドさんに特別室に案内された。
「ここは……」
「弾正様がお戻りになられるまで、どうぞお楽しみくださいませ」
ちなみに、そこがどういうお部屋で、どんなことをしたのかについては……おとわには絶対に内緒だ。




