第137話 嘉兵衛は、松永弾正と対面する
永禄元年(1558年)7月上旬 京・吉祥院 松下嘉兵衛
生八つ橋の事はマズいなぁと思いつつも、俺は松永様が陣を置かれているという吉祥院に到着した。駿府に使いとして来ていた果心殿が出迎えてくれて、共に松永様の下へと向かう。
「しかし、皆さんメイドですか……」
「これが異国の侍女が着る仕事着というやつなのでしょう?全ては大蔵殿が用意した取扱説明書に従ってやっていると弾正様は仰せられていましたが……」
前に方久がやって来て、コスプレ衣装を販売したいからと許可を求めてきた時、俺は確かにこの戦国の世を生きる紳士たちに普及するためにと、それぞれのコスチュームでどのような大人のお遊びができるのかを書き記した。
だから、こうして忠実に実行している様子を窺えて嬉しく思ったりする。
「ちなみに、弾正様は他にどのような遊び方を?」
「そうですな……まあ、そのあたりは直接お訊ねを。こちらの部屋でお待ちになられておりますので……」
その様子からすると、果心殿はお仲間ではないらしい。それは少し残念に思いつつも、俺は左近と無人斎様、それに徳田新〇助もどきに変装した義輝公を伴って松永様の御前へと向かう。御年51歳と伺っていたが、そこには実年齢よりも若く見える壮年の男が座っていた。
「今川治部大輔が家臣、松下大蔵少輔にございます」
「三好筑前守が家臣、松永弾正である。遠路はるばるご苦労にござった」
初手の挨拶はまずこんなところ。そして、今回の主目的を果たすために左近を松永様に紹介した。
「ほう……そなたが島左近か。中々の美丈夫であるな」
「畏れながら、果心殿より左近の実家に関する問題を解決して頂けると伺ったのですが……」
「おお、そうよな。そのために態々来てもらったのだから説明は必要だな。まずは地図を御覧いただくことにしよう」
松永様はそういわれて、パンパンと手を叩かれた。すると、ミニスカポリスのような恰好をしたクール美人が俺に胸の谷間を松永様にお尻を向けながら、床に地図を広げて去っていく。いやはや、何というサービスだろうか。恥ずかしそうにしていた顔もグッドだし!
「どうじゃ、眼福であろう?」
「はい、それはもう!逮捕されたくなりました!」
「そうか、そうか。まあ、そちらの話は後ほど催す酒宴でじっくり聞くことにしたいが……まずはこちらを御覧なされ。これは現状における大和の勢力図を示しておる」
義輝公も言われていたが、大和に三好方の味方はどうやらいないようで、松永様の居城として有名な信貴山城や多聞山城があるはずの辺りも、別の勢力の名が記されていた。
そして、その大和の北西部、生駒郡の中に、島家の名も記されていた。
「それでだ。これより儂が何をしたいのかという事だが、大和攻略の足がかりを得るために、まずはこの島家の所領のある生駒郡に攻め込みたいと考えている」
加えて、その大義名分として、左近の家督奪還を旗印にしたいと松永様は言われた。
「畏れながら、左近が求めているのは家族の安寧であって、島家の家督や領地では……」
「だが、家督を奪った継母を何とかせねば、その安寧は訪れまい。違うか?」
「それはそうですが……」
だけど、左近が島家の家督と領地を取り返したらどうなるのか。俺の元を去って大和に移るとなれば、流石に承服できない。
すると、松永様は俺の気持ちを理解したのか、「左近殿が大和に来たくないのであれば、代官を置くことにする」と言ってきた。
「代官ですか……」
「先に言っておくが、横領などは一切せぬぞ。得た収益を銭に替えて、必ず駿府に送る。それならばどうだ?」
「それなら……」
左近の方も見たが、異論はないらしい。頷いているのが見えたので、俺は了承の意を伝えた。
「ただし、いくさには参加して貰いたい。もちろん、戦闘に加わる必要はないが、旗印としては居てもらわねば困るからな」
「それはいつ頃になる予定で?」
「できれば、大蔵殿の都合が良ければ、明日にでも出立したいと思っているが……」
それはまた拙速な事でと思っていると、背後から声が上がった。「弾正、余を侮るつもりか!」と怒りを滲ませた声が。
「ん?なんだ、そなたは……」
「松永弾正、余の顔見忘れたか!」
「余の顔……?あ、こ、これは、御所様!!」
松永様は意外な事に上座をさっと開けて、義輝公の前で頭を下げた。




