第135話 義輝公は、答えを授けられる
永禄元年(1558年)7月上旬 京・将軍山城 足利義輝
幕府は滅亡するのではないか——。
この問いかけに松下大蔵少輔は他の者たちとは違い、否定の言葉を口にしなかった。それどころか、「星の動きを見た所、あと15年程で滅びると思われます」……などと、具体的な命数まで頼みもしないのに答える始末だ。
これには「そんなはずはない」と、流石に苛立ちを覚えて、刀へ手を伸ばしかけたが……
「ほう、某をお斬りになられるのですか」
その瞬間に放たれた鋭い眼光と重みのある声に圧されて、余は思い止まる。そして、同時に気づきもした。大蔵が余の事を思い、命を賭して諫言しようとしていることを。
「……すまなかった。そもそも、余が訊ねたのであったな」
「やめておきますか?このお話はもう……」
「いや、大蔵が占星術を使えるというのなら、是非もう一つ訊ねたいことがある」
「それは、幕府の滅亡をどのようにすれば回避できるか……そういう事にございましょうか?」
「そのとおりだ。教えてもらえぬだろうか?」
しかし、大蔵は言った。「その前に御所様はどのような幕府を望まれているのでしょうか」……などと。
「そうだな……余としては、鹿苑院(足利義満)様の頃のように、諸大名が余の命に黙って従う、そんな幕府が望ましいと考えている」
「……まあ、そんな考えだから、滅びるわけですね」
「大蔵っ!」
一生懸命考えて答えたのにそんな言い方はないのではないかと、余は再び刀に手を伸ばしたくなったが、大蔵は続けて問うた。そのような夢物語、どうやったら叶うのかと。
「そ、それは……三好を倒して余が京に戻れば叶うはずで……」
「三好を倒すために六角様のお力を借りておりますよね?」
「そうだが……」
「ならば、事が成った後、その六角様はどうなりますかな?まさか、『お疲れさまでした』などといって、六角様が何も求めずに近江へ引き上げると……本気でそう思われているのですか?」
「え……違うのか?」
そう答えた瞬間、大蔵の口から大きなため息がこぼれた。諸大名は将軍である余に忠誠を尽くすのが当然だと思っていたが……本当に違うというのか?
「畏れながら、この世の中、見返りがなければ誰も動いてはくれませぬ」
「な、なにを馬鹿なことを。余は将軍だぞ?」
「その将軍が任命した守護大名が簡単に家臣によって殺されたりする時代です。将軍の権威は……すでに地に落ちていると思われませぬか?」
むむむ……そんなはずはないと否定したいが、大蔵の言葉も理解はできた。そうだ、どいつもこいつも、余が命令を下してもいう事を聞いてはくれない。そして、それはなにも三好だけではない。大蔵が仕える今川治部大輔とて同じだ。
「……では、どうすればよいとそなたは考える?」
「まずは現状を認めて、三好様を受け入れたらいかがでしょうか。御所様の家臣と思われて、その成すことすべてがご自身の意向として追認する。さすれば、御所様が三好様を従えているという構図ができて、将軍の権威は一定程度回復し、幕府は安定するでしょう」
「……その後は?」
「三好様の時代がいつまでも続くはずもなく、やがて潮目が変わる日もあるでしょう。理想としては、その機を逃さずに地方にいる力ある大名に幕府の役職を与えて、幕政に関与してもらい、三好家を含めた合議で国のかじ取りを決めることができるようになれば、少なくとも応仁の乱以前の姿には戻ると存じます」
応仁の乱以前の姿に戻る……か。それも悪くはないなと思った。しかし、そのためには三好に頭を下げなければならないのかと思うと、どうも何とも言えない気持ちになる。
「ちなみに他の思案はないのか?例えばだが……このまま六角と共に三好を倒して、 その後で潰して、余が天下に号令をかける……そんな方法は?」
「ございませぬな。御所様ひとりで10万の兵を切り伏せることができるのであれば別ですが……無理ですよね?」
なるほど、その手があったなと一瞬思いかけたが……大蔵に勝てない余に、そんなことを言う資格がないことに気づかされて口にするのを止めた。
となると、やはり三好と和睦しなければならないのか。ううむ、嫌だが……仕方ないのか。




