第133話 嘉兵衛は、将軍様に拝謁する(2)
永禄元年(1558年)7月上旬 京・将軍山城 松下嘉兵衛
「お、おい、大蔵……おまえ何を言って……」
「無人斎様。某は今川義元公の名代で御所様の御前に参上しているのです。ここで嘘を吐く、それは義元公の御名に傷をつけかねませぬか?」
それに、俺は別にこの義輝公の家臣ではないのだ。御意志にそぐわない行動をしたとしても、責められる云われはない。
だが、やはり義輝公の機嫌を損ねたのだろう。謁見はこれで打ち切りとなり、義輝公は近臣の方々と共に退室なされた。献上した目録は……まあ、その辺りはちゃっかりと持って行ったようではあるが。
「さて、これで用が済みましたし、弾正様の下へ向かいますか」
「向かいますかじゃないだろうが!どうするつもりだ?御所様の機嫌を損ねたままにするつもりなのか!」
そうするより他にないではないかと、声を荒げる無人斎様に言いたくなったが、その時だった。義輝公の近臣が一人戻って来て、俺の前に木刀を置いたのは。
「これは?」
「献上した土産の礼に、御所様おん自ら剣の指南をなされるとのお言葉です。この木刀を持って、どうぞ中庭へ」
なるほど……義輝公は『剣豪将軍』と後世に伝わるほどの強者だ。きっと、先程の回答に立腹して、剣の指南という名目で俺を痛めつけるつもりなのだろう。無人斎様も顔を青くしているし、まず間違いはなさそうだ。
「それにしても、天下の将軍様ともあろうお方が……幼稚ですな」
「なっ!貴様……御所様を愚弄するつもりか!」
「愚弄される事をする御所様が悪いとは思いますが……まあ、いいでしょう。要はこの木刀を持ってその中庭に行けばよいのですね?」
「ああ、そうだ。そうすれば必ず、貴様の性根を御所様が叩き直してくれるであろう」
この生意気な近臣は、無人斎様に訊いたら「細川兵部大輔」というらしいが、諱は藤孝というそうだから、明智光秀を土壇場で見捨てた『逃げ上手の藤孝』で間違いないだろう。
だけど、それはさておき、俺はこの逃げ上手に案内されて中庭に下りた。周囲には幕臣たちが居並び、応援歌を歌ったりはしていないし、プラカードやサイリュームはないけれども、それはどう見ても観客のようにしか見えない。
「どうした、怖気づいたか?」
「まさか」
「では、始めようではないか」
後世では剣豪将軍と呼ばれる義輝公。しかし、それはこの先の鍛錬があっての称号である事は、初めて剣を交えた時に理解できた。強い事には違いないが、一刀斎様に鍛えられた今の俺の敵ではない。
「あっ!」
そして、数撃交えたところで義輝公の木刀を飛ばして、ここで勝負あり。俺は剣豪将軍に勝利したのだった。
「どうします?もう一回やり直しますか」
「頼む……もう一度、挑ませてくれ」
「わかりました。では、かかってこられませ」
本当ならば、泣きの一回を受け入れるのだから、土下座が必要なのだが……流石に相手は天下の将軍様。そのような事をするわけにはいかず、こうして再戦に臨む。
しかし、一度目の戦いで力量の差を理解されたのだろう。二度目は上から見下ろしたような傲慢さが消えて、寧ろ教えを乞うように剣を交えてきた。そうなると、こちらとしても中々に楽しい。
「もう少し、踏み込むときに脇を絞められた方がよいでしょうな」
「こうか?」
「そうそう、その調子で」
ふむふむ、流石は剣豪将軍と呼ばれるだけはある。少し教えただけでかなり形が良くなった。そうだ、折角だからここはひとつ大技を教えておくか。
「御所様、周りで鑑賞なさっている方々にお命じくださいませ」
「何をだ?」
「そんなところで見ていないで、周りを包囲して一斉に某を襲えと」
何を馬鹿な事をという義輝公に、「そうすれば、大技を一つ披露します」と囁いて思惑通りに事を進める。
「あとで卑怯とか、泣き言を言うなよな」
「まあ、四の五の言わずにかかってきなさい」
「ぬかせ!」
一方的に義輝公が負けている姿を見て、きっとフラストレーションも溜まっていたのだろう。近臣の方々は試合にも拘らず、殺気を漂わせながら一斉に俺を襲ってきた。360度、逃げ道などどこにもないようにして囲い込んで……。
「たあ!」
だが、俺は心を無にして襲い掛かる連中の殺気だけを追って刀を振るい続ける。夢想剣という技だが……手足に無駄な動きはなくなることで、通常の倍増しで敵を切り伏せていくことが可能だ。ここにいる30人程度なら、周囲からの一斉攻撃でも何も問題はない。
「とまあ、こんな感じです」
「見事だ……」
そして、地べたで這いつくばって痛み藻掻いている連中を背景に、俺は義輝公よりお褒めのお言葉を頂いた。
ちなみに、その連中の中には藤孝の姿はなかった。流石は逃げ上手と言った所か……ある意味侮れない。




