第131話 果心は、嘉兵衛を嵌めたことを報告する
永禄元年(1558年)7月上旬 京・吉祥院 果心居士
駿河から戻った儂は、早速弾正様の下へと向かう。それにしてもメイド服と言っていたか……相変わらず、案内する侍女たちの姿は独特だ。目のやり場に困って仕方がない。
そして、案内された部屋の前でまた問題が……。
「殿様、ダメ。そこは……」
「先生と呼べと言ったであろう、先生と。あと、もう少し躊躇いがあって欲しいな。いけないことをしているのだから、もっと背徳感を煽るような……」
「じゃ、じゃあ……先生、ダメ。わ、たしには恋人が……」
「おお、よいぞ、よいぞ」
はぁ……真昼間から一体何をやっているんだか。いや、ナニだろうけど……襖の向こうから漏れ聞こえるやり取りに思わずため息が零れた。
「如何なさいます?出直されますか」
ほら、侍女も呆れるような顔をして儂に聞いてくるではないか。
「いや、構わん。このまま入る」
「畏まりました。果心様も所詮は男なのですね……ケダモノ」
え……今のは何?ケダモノって……。
だけど、そんな事を思ったけれども、侍女は儂を置いて何処かへ立ち去ってしまった。ゆえに仕方なく、「入りますぞ」と声をかけてから襖を開けて部屋に入った。
「きゃっ!」
「……おい、果心。お主には武士の情けというのがないのか?なぜ、終わるまで待ってくれぬのだ」
「待っていたら終わるのですかな?竹内殿が待っていたら夜まで待たされたと零されていましたが……」
「あ、あれは、儂も悪かったと思っている。だから、あと四半時(30分)だけ待ってくれ。巻きで終わらせるから」
いやいや、四半時って全然巻きではないと思うのだが……「そうだ、何ならそなたも混ざるか?」と言われて、儂は仕方なく時間を潰してから改めて出直すことにした。女に興味がないわけではないが、三人でやるって流石にそれは……と。さっきの侍女の事もあるし。
「いやあ、悪かったな。出直してもらって」
さっきの侍女を見つけて、誤解を解いた上で案内された部屋で茶を啜りながら待つ事四半時。弾正様がお越しになられたので儂は駿河における使いの報告を行った。即ち、弾正様がお気に入りのセーラ服やメイド服などの考案者・松下大蔵少輔を招待する事に成功したと。
「ほう、そうか。招きに応じてくれたか」
「もっとも、あちらにも都合がございますゆえ、こちらに来られるのはおそらく今月の末か来月の頭になるでしょう」
「なるほど……将軍の所に顔を出すというのだな?」
「はい。今川家は足利将軍家の御一門ですからな。流石に将軍山におわす御所様を無視するわけにはいかないと」
まあ、行った所で酒を飲みながら愚痴を聞くだけだろうけど、それがお分かりなのだろう。弾正様は苦笑いを浮かべつつも「仕方ないな」と言われた。
「ただ、その後は確実にこちらに来てもらわねばならぬぞ。気が変わったとかで帰られたら困るし、その辺りは大丈夫なのであろうな?」
「ご安心を。殿が描いた筋書き通りに、どうやら島家の継室が左近なる若者とその妻を殺そうとしていると信じたようでして」
「ほほう……信じたか」
実を言えば、あの手紙は島家に所縁のある者から入手した書状を元に用意した偽物であり、襲撃のためにと雇われた連中もこちらが用意したものだ。実際には、継室もその他の関係者も何も動いてはいない。
「まあ、これで大和に攻め込む口実ができたわけだが……その松下大蔵少輔という男。誠に『今張良』と評されるだけの男なのか?この程度の策を見抜けぬようでは、何というか……」
まあ、その気持ちはわからないでもない。儂もあのとき、「何でこんなにあっさりと信じるのか?」と内心では首をかしげたものだ。
「ただ、どうやら元々、大蔵少輔殿は上洛を望んでいたようでしてな」
「つまり、儂の申し出は渡りに船だったということか?」
「おそらくは。ですので、もしかしたら全てを承知の上で、この話に乗った可能性も……」
そう……嵌めたつもりで実はこちらが嵌められているのかもしれない。松下大蔵少輔の評価は、直接その目で見るまで保留にされる事を儂は勧めた。さもなければ、足下をすくわれかねないと。
「わかった……その事は心しておこう」
「その方がよろしゅうございます」
我らの描いている絵図は、継室から家督を奪われた嫡男を支援する名目で、島家が治める生駒郡に攻め入り、大和攻略の足がかりを築くことにある。賢者かあるいは愚者か……その真偽はともかくとして、いずれにしても大蔵少輔殿の協力は不可欠なのだ。侮っていい相手ではない。




