第129話 嘉兵衛は、松永弾正からお招きを受ける
永禄元年(1558年)閏6月中旬 駿河国駿府 松下嘉兵衛
「改めまして、某は松永弾正様に仕える道士、果心と申します。それで……こちらにある『セーラ服』と申す衣類は何でも貴殿が考案したとか?」
「はぁ、まあそうですが……」
そして、散々探しましたぞと言われて首をかしげたが、何でもこのセーラ服を松永様がお気に召したという事で、一度会って話をしたいというのが使者の用向きということだった。
「しかし、会いたいと申されましても、某は多忙の身の上でして……」
何しろ、上洛する話は先程却下されたばかりだ。弾正様のお招きも恐ろしいけれども、仕事を丸投げにした後の藤吉郎たちの反応も恐ろしい。下手をすれば、見捨てられるかもしれないし。
だけど、忙しいから会えないと言われて「はい、わかりました」では使者の任を全うしたことにはならないわけで、果心殿は脇に控える左近を見て切り出した。
「上洛して我が主に会っていただけるのであれば、そちらにおられる島家の若武者の悩みも解決して差し上げましょう」と。
「島家の……って、左近。おまえ、何か悩んでいるのか?」
「え?えぇ……と?」
「継母に家督を奪われて、復讐を誓われたと伺いましたが?」
「あ、ああ……そういえば、そうでしたな」
だけど、左近は言った。確かにここに来るまではそんな事を考えたりもしたが、今は美人な嫁さんも手に入れたし、別に構わないと。
「ですが……あなたはそうお考えなのかもしれませぬが、あちらはそうは思っていないかと思いますよ?」
「それはどういう……」
「こちらを……」
果心殿はそう前置きして、一通の密書のようなものを我らに見せた。左近が顔を青くする中で俺も目を通したのだが……そこにははっきりと、左近のみならず妻まで亡き者にするようにと記されていた。
「これは……確かにあのババアの字……」
「ちなみに、この密書を受け取る予定だった連中は、こちらの荒れ寺に」
それは手書きによる大雑把な地図であったが、場所の特定はそれほど難しくはない。駿府からみて少し西にある郊外の寺だ。
「弥八郎、すぐに町奉行所を動かして一味を捕らえよ。一人も逃すなよ?」
「承知!!」
後任の町奉行には、以前岡崎城代を務めていた山田殿が就かれることになっているが、正式に奉行職を交代するのは今月末だからで、別に越権行為でも何でもない。ゆえに、俺は迷うことなく命を下した。
ただし、その連中はあくまでも左近の継母に雇われただけにすぎない。果心殿も「このまま放置すれば、必ず二の矢、三の矢と刺客が送られるでしょう」というが、まさにその通りだと思う。
「つまり……俺が弾正様に会いに行けば、この問題を解決していただける、そう考えても?」
「あはは、理解が早くて助かりますな。流石は、今川家の張良殿」
いや、何でそんなことまで知っているのか。左近の一件といい、よくもまあ調べているものだと感心するが、こうなるとやはりこの申し出を断るわけにはいかない。
「藤吉郎、苦労を掛けるが……」
「やむを得ませぬな。しかし、こうなった以上、此度の上洛には左近をお連れなさいませ!」
「いや、左近は命を狙われておるのだぞ。連れて行くのは……」
しかし、そのように逡巡した俺に今度は左近の方から申し出があった。どうか連れて行ってほしいと。
「左近……」
「今頃になって思い出しましたけど、あの継母にはやはり恨みつらみがありますからね。もし、一矢報いる機会を得られるのであれば……」
「わかった。そういうことならば、供を頼む」
「お任せを」
「あと、あかねはおとわに預けよ。ここならば、近くに次郎吉たちもいるし、変な事にはならぬと思う」
「ありがとうございます。では、早速……」
「藤吉郎、念のため五右衛門を護衛に付けてやれ」
「畏まりました」
それにしても、松永弾正か。ああ、嫌だな。嫌な予感しかしないし……。




