第127話 嘉兵衛は、昇進を祝おうとするも……
永禄元年(1558年)閏6月中旬 駿河国駿府 松下嘉兵衛
屋敷に帰った俺は、今川館であったことを藤吉郎と弥八郎に説明した。お屋形様より「張良」に例えられたことも含めてだ。
しかし、両者の表情は芳しくなかった。
「おい、どうしたのだ。この後祝いの酒宴を催したいと思っているのだが……もちろん参加だよな?」
「何を言われているのですか。誠に殿は全
く……そう思われませぬか、弥八郎殿」
「左様左様。要は勘定奉行のお役目も駿府町奉行のお役目も解かれたことには変わり有りませぬよね?」
「そ、それは、そうだが……」
しかし、無役ではなく「惣目付」というお役目を賜ったことだし、そんなに心配するようなことはないと思うのだが……
「我らが心配しているのは、後任の方への引継ぎですよ」
「引継ぎ?」
「町奉行の方は戸籍の件がありますし……藤吉郎殿、勘定奉行の方も色々とやりかけの仕事があるのでは?」
「そうですとも!色々と証拠を積み上げているのに、摘発が追い付いていない事案が溜まっていたのですよ。これらをどうするのか。引き継ぐのか、それとももみ消すのか。それで後任は?」
「孕石主水らしい……」
「それなら、もみ消す一択ですな。奴に手柄を立てる好機を残していくわけには参りませぬし……これより、某は急ぎ奉行所へ」
「あ、それなら某も。町奉行の役職を手放されるのでしたら、その前に次郎吉殿が推薦してきた間者たちの戸籍登録手続きをやっておかなければなりません。そういうわけで、殿。今夜の酒宴は欠席という事で……」
そして、嵐のように藤吉郎と弥八郎が去り、俺はぽつんと独りぼっちになった。
「いいもん、いいもん……俺一人で今夜は飲むからさ……」
ちなみに、おとわはあずさと共に今夜は関口家に行っていて留守だ。それゆえに、本当の独りぼっちで酒を用意して飲み始めた。しかし、やはりというか……全然美味くない。
「あらあら、何でしたらわたしがお相手しましょうか?」
「お鈴殿……」
「いろいろと聞いてほしかったのでしょ?嬉しかったことを」
本当にその通りだ。だから、俺はその言葉に甘えて、まずは一献、酌をして貰う。ああ、これだけでも少しは美味しくなったな。しかも、眺めが非常に良い。今日のお鈴殿は別にコスプレしているわけではないが、大きく自己主張をするその胸が俺の息子殿を刺激した。
「……だめですよ。何を思われているかはわかりますが、おとわ様にバレたら……」
「少し触るくらいなら大丈夫だろう?いいではないか。今は二人きりだし……」
「でも……あっ!」
や、やわらかい。おとわにない弾力がここにはある。ああ、吸いつきたい!!
「ちなみに聞くが……母乳、まだ出る?」
「出ません!」
あ……叱られてしまった。しかし、それなら授乳プレイはできないのか。少し残念だな。
「もう!何を考えられているのですか!殿のスケベ!おとわ様に言いつけますよ?」
「そ、それは勘弁してくれ!殺されてしまう!!」
「だったら、これまで!わたし、もう行きますね」
ああ、結局これでまた独りぼっちか。だったらもう、お酒はいいか。糞して寝よう。
「おやおや、昇進したと聞いてお祝いをしていると思ったから来たのだが、独りか」
「無人斎様ぁ!」
「な、なんだ?なぜ、そのように嬉しそうな声を上げる。儂はタダ酒を飲みに来たのだぞ」
ただ酒だろうが何だろうが、独りぼっちよりかは全然良い。俺はどうぞどうぞと無人斎様を屋敷に上げて、酒を用意した。
「ささ、どうぞ。好きなだけ飲んでください」
「そうか。では、その言葉に甘えることにしよう」
そして、二人きりで飲んでいるうちに話題は上洛の話となる。
「なあ、大蔵。そなたの目論見通りにどこまで行くかの?」
「わかりませんが、上手く行ってほしいですね」
まずは尾張だ。尾張を獲らなければ、先は見えてこない。すると、無人斎様は言われた。今のうちに一度、京に上っておかないかと。
「京……ですか?」
「事が始まるのは、義元が隠居する来年になってからだ。尾張を獲った後、もしかしたら幕府の力を借りることもあるやもしれぬし、顔を繋いだり、広げておくのも悪くはないと思うが、どうだ?」
「どうだって……しかし、某は惣目付のお役目を拝命したばかりにて、色々とやることも……」
「そんなのおまえの優秀な部下たちがやってくれるはずだ。現に今、おまえは置き去りにされて独りで飲んでいるではないか。残っていても戦力外ではあるまいか?」
うっ!確かに無人斎様の言う通りなのかもしれない。酔った勢いと一人ぼっちの寂しさも相まって、 俺はこの提案を受け入れることにした。
しかし、京か。生八つ橋あったら買って帰ろう。おとわが喜びそうだし。




