第123話 嘉兵衛は、弁明を試みる
永禄元年(1558年)閏6月上旬 駿河国今川館 松下嘉兵衛
玄広恵探が生きていた。しかも、寿桂尼様が匿われて密かに支援なさっていた——。
三浦様や朝比奈様と共に今川館に上がった俺の耳に、否応なく他の家臣たちがそれに関する話題で盛り上がっている声が聞こえてくる。そして、お屋形様も寿桂尼様も奥御殿に籠られたまま、今日はまだ表には来られていないことも連中の不安を煽っているようだ。
「しかし、これからどうなるのだ?」
「まあ、寿桂尼様をそのままにされることはあるまい。お手に掛けられることはないにしても……」
「そうなると……寿桂尼様に近い方々はダメか。息子の縁談があったんだけど、断るしかないか……」
……とまあ、こんな感じで己の身の振り方をどうやら考えているみたいだ。この辺りは今も昔も変わりはしない。
「大蔵殿……」
そして、俺の下へ一刀斎殿が現れてお屋形様のお召しであることを伝えてくれた。
「あの……やっぱり、お怒りですよね?」
「そうだな……おそらくお怒りであろうな」
「おそらく?」
おそらくって何よと一刀斎殿の言葉に俺は思ったが、「それよりも早く行った方が良いのでは?」と朝比奈様に促されて、そのままお屋形様がおられる御座所へ単身で向かう。
なお、巻き込まれたくないのか……三浦様も朝比奈様も「呼ばれたのは大蔵殿だから」と一緒についてきてはくれなかった。
「松下大蔵少輔にございます」
「入れ」
「はっ……」
襖を開けて中に入ると、そこにはお屋形様がただ一人でお座りになられていた。ご機嫌は極めて斜めであると思っていたのだが、部屋が少し薄暗い事もあってよくわからなかった。
「それで、御用と伺いましたが……」
「まず、此度の仕儀についてそちに伝えておく。母上は隠居だ。これで今後政に口を出す事はなくなるであろう」
「承知いたしました……」
俺としては真に望ましい結果であるが……話がこれで終わるとは思えない。すると、やはりというか、お屋形様は話を続けられた。
「なあ……そちが母上を怨む事情もわからぬわけではないが、流石にあれはやり過ぎではないか?他に方法はなかったのか?」
いやはや、全くもってその通りだと俺も思う。事前に知っていたら、あんなことをさせたりはしなかった。
しかし、今はそれを言っても後の祭りだ。とにかく今は、言い訳をしてでも切り抜けなければならない。
「畏れながら……」
だから、弥八郎に用意してもらった筋書きに従って俺は弁明した。即ち、これもお屋形様の身を案じての事だと。
「余の身を案じてだと?きさま……母上が余を弑するつもりだったと言いたいのか!」
「そうではございませぬ。寿桂尼様はそのような事を企てたりはなされぬでしょう」
「では、どういう意味だ?」
「寿桂尼様はともかく、その周りの者は如何ですかな?此度の一件で、否応なく今川家の体制に変化が生じるでしょう。その事を望まぬ者たちに時間を与えてはならぬと考えたわけです」
弥八郎が言うには中途半端に報告して、その結論をモタモタ議論しているうちに情報が漏れて、その連中が反乱を起こすことだってあり得たそうだ。もっとも、可能性はかなり低いということらしいが、今はこの事を懸念していた事にして弁明を行う。
「無論、確率としては低いとは存じます。ですが、臣下としては常に最悪のことを想定しておかねばなりません。そのため、時間的な猶予を与えるわけにはいかず、かような手段を取ることに致しました」
そして、最後に「覚悟はできております。どうぞ、ご処分を」と締めくくって頭を下げる。あくまで今川家を想っての行動であること、潔さを示すことでお屋形様なら許して下さるというのが弥八郎の見立てだ。
「……相分かった。此度の一件、大儀であった」
「ははっ!」
こうして労いの言葉を頂いたのだから、一安心だろう。俺はホッと胸をなでおろして、お屋形様の御前から下がったのだった。




