第121話 嘉兵衛は、藤吉郎がヤケになったと疑う
永禄元年(1558年)閏6月上旬 駿河国駿府 松下嘉兵衛
「しかし、寿桂尼様と友野座が玄広恵探を匿っていた事はわかったが……これからどうするつもりなのだ?」
「三浦様、どうするとは?」
「決まっておろう。内々に我らの耳に入れて判断を仰げばよいものの、勝手に進めてここまで騒ぎを大きくしたのだからな。この始末をどうつけるかだ。まさか、何も考えずにやったわけではないだろうな?」
だとしたら、容赦しないぞと脅しをかける三浦様であったが、藤吉郎ははっきりと答えた。「もちろんにございます」と。
「……なんですか、殿。その疑うような目は……」
「い、いや……」
「まさか、某が女に振られたくらいで気が狂ったと思われたか?」
「気が狂ったまでとは思わなかったが、ヤケになったのではないかと……」
「あはは、ご心配なく!某の嫁は西にいるようですからな!一刻も早く迎えに行くために、ヤケになっている場合じゃございませんて!」
「そ、そうか。それならよかったな……」
まあ、確かに藤吉郎の嫁は西にいる。だけど、その意味の分からぬ自信の根拠が占い師の見立てと訊いて何とも言えない気持ちになった。本当に正気だよな……と。
「それで話を戻すが、藤吉郎。どう始末をつけるつもりだ?」
「朝比奈様、始末をつけるも何もこの騒動はすでに儂の手を離れております。放っておいてもいずれ勝手に始末はつきますよ。お屋形様の手によって……」
「なに?お屋形様の手によってだと」
そのいい加減なように思える回答に、いつも温厚な朝比奈様が珍しく苛立ちを見せて刀に手をかけられたが、藤吉郎は慌てずに説明を始めた。そもそも、今回の騒動を一番望んでいたのはお屋形様なのだと言って。
「意味が分からぬぞ?」
「殿、それに皆様もこちらをご覧ください」
「ん?これは……」
それは以前いた馬廻衆の帳簿であったが、藤吉郎はそのうちの一行を指差して我らに言った。この100貫(1,200万円)の支出は鉄砲代と記されているが、数が合っていないと。
「それで調べたところ……この100貫は毎年あの手この手の名目で三河の鵜殿家に渡っておりましてな。さらに松平家の服部党に小遣いを渡して三河への街道を見張ってもらったら、このような書状が……」
それは小さく折りたたまれたまさに密書というべきものであった。中身を確認すると……「密命が下った。大樹寺に居るお方を連行願う」と記されていた。送り主は、以前馬廻衆の指南役補佐を務めていた時に上司となった浅井小四郎殿だ。
「浅井小四郎様は、皆様もご承知の通りお屋形様の最側近。そのようなお方が『密命が下った』として鵜殿様にこのような書状を送ったという事はですな……」
「つまり……玄広恵探の捕縛は、お屋形様のご意向でもあるという事か」
そして、玄広恵探が捕らえられて駿府に来ればどうなるのか。乱の終結から22年、誰が匿っていたのかという話になり、寿桂尼様は友野座と共にあぶり出される……。
「し、しかし……お屋形様はご存じではなかったのでは?寿桂尼様は実の御母君だぞ。疑われるとは……」
「三浦様、玄広恵探を今更捕らえて何になりましょう。かつての憂さ晴らしですかな?そのような事に100貫もの大金を鵜殿家に支払われると?それに、殺すだけなら見つけたその日に殺せば良いではありませぬか。これまで生かしておく必要がありますかな?」
「そ、そうだな……そなたのいうとおり、不自然だな……」
「それゆえに、此度お屋形様が玄広恵探を捕えようと密命を下されたのは、即ち、寿桂尼様の排除に他ならないと存じます。そして、その手助けを我らの手で行ったわけですから、お咎めを受けるどころかお褒めのお言葉、さらには殿への昇進のご沙汰が下ると思うのです!」
胸を張って自信満々にそう我らに言い放ち、これで藤吉郎の説明は終わった。確かにお屋形様のご意志は寿桂尼様の排除かもしれないが……それが本当に昇進に繋がるのか。
いや、流石にこれはやり過ぎだと叱られるようなような気がするが、さて……。




