第118話 藤吉郎は、自暴自棄の末に暴走を始める
永禄元年(1558年)6月中旬 駿河国駿府 木下藤吉郎
うう……我ながら情けない。
「あれぇ、お客さん。もうお帰りで?」
「うるさい……」
「うるさいって何よ。はは~ん、さては勃たなかったのね?」
「…………」
「あれま!ご、ごめん、わたしったらなんてことを……」
だって仕方ないじゃないか。初めては好いたおなごと思っていた戒律を破ってでも、こうして女郎屋で練習をと思ったのに、相も変わらず我が息子は女のフトモモでその役目を終えたのだから。しかも、女郎に笑われて再起不能だし……。
「あ……でも、お代は返さないわよ?」
返してくれないんかい!……って言いたい気持ちを飲み込んで、儂は店の外に出た。まあ、よい。『龍野屋』か、覚えたぞ。この悔しさはいずれがさ入れで晴らすことにしよう。1文でも脱税していたら一家皆殺しで。それにしても、さてさて……
「ああ!女が何じゃって言うんじゃ!ヤらなくても生きていけるぞ、藤吉郎!くじけるな、藤吉郎!」
ああ、取りあえず腹の底から叫んで、これでスッキリしたな。そうだ、別に女なんかいなくても生きていける……。
「……ねえ、かかさま。あれはなぁに?」
「見てはいけません。病気なのですよ、あの人は」
……しまった。ここは大通りのど真ん中だった。通報されないうちにさっさと家に帰ろう。殿から任されている仕事もあるし……。
「おやおや、何処かで見たと思ったら……」
「ん?」
「お忘れですか?ほら、引間で一度占わせて頂いた……」
「おお、あの時の占い師殿か!懐かしいなぁ!」
そうだ……あの時は確か西に向かえば運が開けると言っていたな。
「尾張に帰られなかったのですね」
「まあな。おかげでどうも女日照りだ。帰っていたらきっと今頃美人な嫁さんとイチャイチャだったのだろう?実に惜しい事をしてしまったと嘆いておったのだ」
「まあ……あなた様の運命の人は尾張に居るのは間違いありませぬが……」
「なに!?本当か!尾張にいるのだな!」
「え、ええ、まあ……」
「美人だよな!?絶対そうだよな!?」
「そ、そうですね……美人にはなると思いますよ」
……そうか。やっぱりいるのか。それなら、こんな所で油を売っている場合ではないな。早く殿の構想通り、尾張を占領してわしゃあ、嫁を探す!うんうん、それならやることはひとつだ。迷っていたけど、邪魔者は排除せねばなるまい。
「占い師のお方、かたじけない!これは儂からの礼だ。取っておいてくれ!」
「え……こんなに!?い、いや、流石にこれは……」
「いいって、いいって。良い話を聞かせてもらったのだからな。これくらいはさせてくれ」
そして、占い師と別れた儂は勘定奉行所へと戻り、直ちに部下たちを招集すると今宵のがさ入れ先について説明を行った。場所は……友野座だ。
「お、お待ちを!友野座は今川家最大の御用商人にして、内政・財政面におけるお屋形様の協力者ですぞ!」
「それがどうした。法に触れている事柄があるのだから調査をする。それだけではないか」
「ですが……一体、何の容疑で踏み込まれるのですか?」
「そうよのう……お屋形様に対する謀反の容疑かのう」
「「「む、謀反の容疑ですと!」」」
まあ、謀反というのは大げさな表現だったかもしれないが、今川館——それも寿桂尼のいる奥の帳簿を精査した所、友野座に対して不透明な支出が見つかったのだ。そして、松平家の服部に小遣いを渡して調べてもらったら、その友野座は三河へ金を送っている事が分かった。
それゆえに、これはおそらく寿桂尼様が友野座と結託してよからぬ事を企んでいると儂は見た。そうじゃなければ、三河に毎月10貫(120万円)もの大金を誤魔化しながら送る理由などなく……だから、今宵のがさ入れで全てを明らかにするというわけだ。
「し、しかし……何も見つからなかったら……」
「その時は心配するな。儂が腹を切る」
「腹を!?」
まあ……腹を切れば、もしかしたら超絶美男子に生まれ変われるかもしれないし、こんな女日照りの日々を送るよりはマシであろう。さあ、腹は決まった。いざ出陣だ!




